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浄土系のお坊様に質問です…  part2☆

1 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/03/26 07:54
前スレではお騒がせいたしました。宗教板に帰ります。
たまに遊びによせていただくこともあるかと思いますが、
その時はよろしくお願い申し上げます。

一応、前スレリンク貼っときます。
http://travel.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1000392884/

では、続きをどうぞー。

2 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/26 08:09
もう立てなくていいよ。

前スレの話も含めて、宗教板でやってください。

3 ::03/03/26 08:20
一切経校合とその場に親鸞がいあわせたのは事実のようです。
http://www2.justnet.ne.jp/~jingu/minegishi-sumio-shinshumonto.htm

4 ::03/03/26 08:26
ですから、親鸞が
「袈裟はこれ三世の諸仏〔の〕解脱幢相の霊服なり、これを着用しながらかれを食せば、袈裟の徳用をもつて済生利物の願念をやはたすと存じて、これを着しながらかれを食するものなり。」
と言った可能性は残念ですがあると思います。

5 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

6 :前スレの719:03/03/26 13:55
>>2
同意.
前スレの初めの質問自体も,宗教板ですべき内容っぽいし.
俺が言うのもなんだけど.

7 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/26 15:00
【マターリ】  浄土真宗《萌え》スレ  【雑談可】
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1048431175/

一人で二つもスレ立てるな。マルチポストとかわらないぞ。

8 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/26 16:10
>>7
それは板が違うから良いんじゃない?

9 :前スレからコピペ:03/03/26 17:35
956 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/03/23 21:41
一 一切経御校合の事。
 最明寺の禅門の父修理亮時氏、政徳をもつぱらにせしころ、一切経を書写せ
られき。これを校合のために智者・学生たらん僧を屈請あるべしとて、武藤左
衛門入道[実名を知らず]ならびに屋戸やの入道[実名を知らず]両大名に仰せ
つけてたづねあなぐられけるとき、ことの縁ありて聖人(親鸞)をたづねいだ
したてまつりき。[もし常陸の国笠間郡稲田郷に御経回のころか]聖人その請に応じ
ましまして一切経御校合ありき。その最中、副将軍、連々昵近したてまつる
に、あるとき盃酌のみぎりにして種々の珍物をととのへて、諸大名面々〔と〕数
献の沙汰におよぶ。聖人別して勇猛精進の僧の威儀をただしくしましますこ
となければ、ただ世俗の入道・俗人等におなじき御振舞なり。よつて魚鳥の肉
味等をもきこしめさるること、御はばかりなし。ときに鱠を御前に進ず、これ
をきこしめさるること、つねのごとし。袈裟を御着用ありながらまゐるとき、
最明寺の禅門、ときに開寿殿とて九歳、さしよりて聖人の御耳に密談せられて
いはく、「あの入道ども面々魚食のときは袈裟を脱ぎてこれを食す。善信の御
房(親鸞)、いかなれば袈裟を御着用ありながら食しましますぞや、これ不審」
と[云々]。聖人仰せられていはく、「あの入道達はつねにこれをもちゐるについ
て、これを食するときは袈裟を脱ぐべきことと覚悟のあひだ、脱ぎてこれを食
するか。善信はかくのごときの食物邂逅なれば、おほけていそぎ食べんとす
るにつきて忘却してこれを脱がず」と[云々]。開寿殿、また申されていはく、
「この御答、御偽言なり、さだめてふかき御所存あるか。開寿、幼稚なればと
て御蔑如にこそ」とて退きぬ。

10 :前スレからコピペ:03/03/26 17:36
957 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/03/23 21:41
 またあるとき、さきのごとくに袈裟を御着服ありながら御魚食あり。また開
寿殿、さきのごとくにたづねまうさる。聖人また御忘却と答へまします。その
とき開寿殿、「さのみ御廃忘あるべからず。これしかしながら幼少の愚意、深
義をわきまへしるべからざるによりて、御所存をのべられざるものなり。まげ
てただ実義を述成あるべし」と、再三こざかしくのぞみまうされけり。その
とき聖人のがれがたくして、幼童に対して示しましましていはく、「まれに人
身をうけて生命をほろぼし肉味を貪すること、はなはだしかるべからざるこ
となり。されば如来の制戒にもこのことことにさかんなり。しかれども末法
濁世の今の時の衆生、無戒のときなれば、たもつものもなく破するものもな
し。これによりて剃髪染衣のそのすがた、ただ世俗の群類にこころおなじきが
ゆゑに、これらを食す。とても食するほどならば、かの生類をして解脱せしむ
るやうにこそありたく候へ。しかるにわれ名字を釈氏にかるといへども、ここ
ろ俗塵に染みて智もなく徳もなし。なにによりてかかの有情をすくふべきや。
これによりて袈裟はこれ三世の諸仏〔の〕解脱幢相の霊服なり、これを着用しな
がらかれを食せば、袈裟の徳用をもつて済生利物の願念をやはたすと存じて、
これを着しながらかれを食するものなり。冥衆の照覧を仰ぎて人倫の所見をは
ばからざること、かつは無慚無愧のはなはだしきに似たり。しかれども所存か
くのごとし」と[云々]。このとき開寿殿、幼少の身として感気おもてにあらは
れ、随喜もつともふかし。「一天四海を治むべき棟梁、その器用はをさなきよ
り、やうあるものなり」と仰せごとありき。

11 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/26 17:55
>これによりて袈裟はこれ三世の諸仏〔の〕解脱幢相の霊服なり、これを着用しな
>がらかれを食せば、袈裟の徳用をもつて済生利物の願念をやはたすと存じて、
>これを着しながらかれを食するものなり。

何度読んでも、
袈裟を着て魚を食べれば、袈裟の功徳で魚が解脱する、
と親鸞聖人が信じておられた、
と読める。

さてこれをどう考えるかだが。。。

12 ::03/03/26 18:21
>719さん
>何によって真実を見る事ができるのかというと,南無阿弥陀仏によると思うのです.
>だから,南無阿弥陀仏は諸仏だと考えています.
前半はその通りだと思いますが、後半は違うんじゃないでしょうか。
諸仏とは釈尊とかいった具体的な人間です。
私にお念仏の教えを伝えてくださる方が諸仏です。

>「ああ,南無阿弥陀仏だったんだ」という覚りの上での南無阿弥陀仏ならば,
>それは南無阿弥陀仏を称えることは目的であると思います.
これまたもっともです。


13 ::03/03/26 18:23
一切経校合ということがあったのは間違いない事実ですが、
それに親鸞が招かれたということ、そして宴席に魚が出たということは、
どうも納得がいきません。

その時の執権である北条泰時は明恵の弟子で、後に泰時は出家をしています。
明恵は戒律をきちんと守った人として有名です。
その人の弟子である泰時が僧侶を集めた宴席に魚料理を出すものでしょうか。

おまけに、一切経校合を行ったとされる文暦二年は、その直後に鎌倉幕府に
おいて念仏者の抑圧令が出された年です。
それには、黒衣の念仏者が諸所横行し、魚鳥を食い、女人を招き寄せ、
とあります。念仏者は魚を食べるからけしからん、と言ってるんですよ。

そして明恵は法然の「選択集」を徹底的に批判した人です。
法然やその門下を快くは思ってはいなかったでしょう。
ですから、明恵の弟子であり、念仏禁止令を出す泰時が、大事な一切経校合と
いう仕事に、法然の弟子であり、僧籍を剥奪され、公然と妻帯している親鸞を
招くだろうか、と疑問に思います。

口伝鈔の記述が歴史的事実かどうかは水掛け論になります。
その記述をどう受け止めるか、ということの方が大切なんでしょうね。


14 ::03/03/26 18:26
古田武彦は親鸞の「袈裟を着て魚を食べれば、袈裟の功徳で魚が解脱するという
言葉についてこんなことを書いてます。
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/tyosaku1/j1shin8.html

15 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/26 21:26
なんで浄土宗の寺は閻魔像がおおいんだ?

16 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

17 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/26 22:57
>>14
リンク先を読むと
>親鸞が袈裟を脱がなかったのは、単に魚鳥の慈悲のためだけでない。
>小利口(こりこう)に、袈裟をぬぐ僧たちの偽善よりも、どうどうと
>魚鳥を食する「黒衣の念仏者」の側に、かれは自(みずか)らをおいたのである
袈裟を脱がなかった理由としてこれは判るけど「魚が解脱する」とはどう考えても思えないんだけど・・・。
そのくせ「清め時をは迷信」と言われても説得力がなぁ・・・。

18 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/26 22:58
間違えますた。訂正(汗)
「清め時をは迷信」=>「清め塩は迷信」

19 :前スレの719改め タケ:03/03/26 23:09
6で書き込んだ事は無かった事にしよう(笑

>>12(=Qさん)

>>だから,南無阿弥陀仏は諸仏だと考えています.
>前半はその通りだと思いますが、後半は違うんじゃないでしょうか。
>諸仏とは釈尊とかいった具体的な人間です。
>私にお念仏の教えを伝えてくださる方が諸仏です。

あれ?南無阿弥陀仏って口に出して称えません?
そして,他の人が称えているのを聞いたことありませんか?

20 :タケ:03/03/26 23:21
20ゲットのついでに

前スレ976などで,
>この目標とはいつか到達できる目標ではないと思います。
>それに、煩悩まみれの人間が「真実を体現」できるものでしょうか。
のような問いを受けました.

でも,改めて私は問いかけたいと思います.
人間は夢でも見ていない限り,真実以外の何かをする事ができるのでしょうか.
別に「人間」に限定しなくても良いのですが・・・

21 :霊犬神父 ◆MaKenU7a72 :03/03/26 23:27
お坊さんっていい・・・ね♪ 

22 ::03/03/27 08:59
>タケさん
言葉の定義をきちんとする必要がありますよ。

> 南無阿弥陀仏って口に出して称えません?
称名ということがどうして南無阿弥陀仏=諸仏ということになるんですか。
南無阿弥陀仏という名号によって、法が私にいたるわけです。
教えにあった人の念仏を私が聞くことによって、私も念仏する身となる。
その教えにあった人を諸仏と言うんです。

> 人間は夢でも見ていない限り,真実以外の何かをする事ができるのでしょうか.
真実ではなくて、事実です。
人間には真実はありません。虚仮不実の我が身です。


23 :タケ:03/03/27 17:03
>>22(=Qさん)
すみません.
確かに言葉足らずっていうか,説明不足っていうか,手順をすっとばしたというか・・・

「私も南無阿弥陀仏だったんだ.」という覚りから生まれる名乗り.
それが称名かと思います.

>人間には真実はありません。虚仮不実の我が身です。
了解.確かにその通り.
では何が真実か.それは南無阿弥陀仏だけである.
人間は南無阿弥陀仏である事.それが真実である.

24 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/28 06:54
>>17
同意です。

袈裟を脱いで魚を食べる行為が偽善であって、それを嫌われた、というのはわかる。
しかし、それを説明するのに、袈裟の功徳をもってされた。
しかも念仏がまるで出てこない。
三部経読誦の時は念仏と対比されて読誦の方を止められたというのに。

そこで考えられることは、読誦は行であるのに、袈裟は行はではない、ということである。
読誦は行であるから念仏が対比されたが、袈裟は行ではないので念仏が出てくる余地が無い。

また考えるに、これはつまり、袈裟の功徳ということが、この時代の常識として広く受け入れられていた、というしかあるまいと思われる。
であるから、九歳の幼童も納得したのであろうと思う。

ただ今から見るとばかばかしい迷信としか見えない。
つまり親鸞聖人といえども、その時代の子としてその時代の制約を受けておられた、ということだと思われる。

25 ::03/03/28 08:05
>>23
> 「私も南無阿弥陀仏だったんだ.」
あるいは
> 人間は南無阿弥陀仏である事
これはどういう意味なんでしょうか。
「私は南無阿弥陀仏を名のるものである」というのならわかるのですが。

念仏の仏は法ですし、成仏の仏は人間です。


26 ::03/03/28 08:08
>>24
袈裟をつけて魚を食べたら、魚が解脱する、というのだから、
袈裟をつけて魚を食べるという行為は行になるんじゃないでしょうか。

9才の子どもに対して親鸞聖人は、冗談のつもりで軽く言ったのか、
それとも本気だったのか。

27 :タケ:03/03/28 16:55
> 念仏の仏は法ですし、成仏の仏は人間です。
その通りです!

「南無阿弥陀仏という事だったんだ」
と言えばいいでしょうか?

28 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/28 20:28
>>26
袈裟を着けているだけですから、行にはならないと思います。
たとえ広く解釈して行になったとしても、口伝抄では、行とは考えられていないと思います。

また、冗談であったならば、開寿殿も、
>感気おもてにあらはれ、随喜もつともふかし。
とはなるまいと思います。

29 ::03/03/28 21:39
>>27
> 「南無阿弥陀仏という事だったんだ」
やっぱり意味がわかりませんよ。
私=南無阿弥陀仏
うーん。

>>28
口伝鈔のこのエピソードは覚如の創作であるとする学者が多いそうですが、
やっぱり親鸞がこんなことを言ったなんて認めたくないですよね。
親鸞といえども間違いがないわけじゃない、時代の制約を受けている、ということでしょうか。
まさか曾孫がこんなことを書き残すとは思いもしなかったでしょうが。

30 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

31 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/03/29 11:42
門徒はデムパが多い。本当に多い。

32 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/01 07:38
口伝鈔、でしたね。失礼しました。

ところでもう結論が出たみたいですがあと少し書いてみます。
このエピソードが史実であるか創作であるかということは、さほど問題ではなく、要は、この話が浄土真宗にとって意味のあるエピソードとして記録されたことです。

そこでこの話の眼目を考えてみると、袈裟を脱がずに魚食されたこと、つまり偽善を嫌われたということだろうと思う。>>14
袈裟の功徳云々は、当時の常識、現在の迷信であって、浄土真宗としては瑣末な部分であると考える。>>24(もっとも前スレにもあった通り、仏教的に考えても実は迷信だったりする。)

ということは、迷信に捕らわれることは、さほど問題ではなく、むしろ偽善に気づかないことの方が、よほど問題であると、いうことかも知れないですね。

そういえば思い当たるふしが、なかったりあったり。

33 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/01 12:01
>>32
ふむふむ。判りやすい説明でよいですね。

でも、それが何で「清め塩は迷信です」と言うポスターを作って
神社神道の儀礼・作法にケチをつけている納得できる理由には
ならないと思うんですが・・・。

34 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/01 12:55
>神社神道の儀礼・作法に<略>

日本の古くからの民族習慣ではあっても、「神社神道」とは言えない
部分だぞ。大丈夫か?

35 :前すれ229:03/04/01 13:43
>日本の古くからの民族習慣ではあっても、「神社神道」とは言えない
>部分だぞ。大丈夫か?
習慣儀礼は迷信なんですか?どうも浄土真宗の言うことって
さまざまな部分で浄土宗に比べてひねくれているとしか思えないんですけど・・・。

それと教義上は位牌は要らないらしいけど浄土真宗の檀家が全員浄土に
生まれ変わることは絶対ありえないわけで、死後の追善供養が必要な故人は
位牌の無い浄土真宗のでは場合によっては位牌の替わりに子孫の体にすがりつくこともあるわけで
(位牌は中国発祥らしいですが古いタイプのものは穴があいていてまさに
故人の霊魂が子孫の体の替わりに「取り付く島」として発生したようですね)
巷で言う不成仏霊が増える原因だと思いますがねえ。

もっともオラの場合は霊感体質だからそう考えるんで教義上の知識しかない
あたまでっかちの学僧との論議は平行線だろうね。

36 :タケ:03/04/01 14:04
>>29
「阿弥陀仏に南無する存在だったんだ」ではどうですか?

37 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/01 15:59
>>35

>浄土真宗の檀家が全員浄土に 生まれ変わることは絶対ありえないわけで、

あのー、真宗の教義知ってます?

38 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

39 :前すれ229:03/04/01 19:26
>>37
本願寺の教学研究所HPは4月1日で一時閉鎖されましたが何か?

40 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/01 19:27
スレ違いかもしれないが、とある掲示板で南無阿弥陀佛というHNの人見たことあるな。

41 ::03/04/01 21:04
>>36
納得です。
でも、南無阿弥陀仏が諸仏だというのはやっぱり納得できませんよ。

42 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/01 21:17
>>33
>納得できる理由にはならないと
私も思います。
つまりポスターなど作るということが、
偽善に当たるのではないかと思うわけです。

43 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/01 22:49
むしろ死を穢れと捉える神道の現代的な立場を問いたいが…


44 :前すれ229:03/04/01 23:06
>>43
ふ〜ん。するとNHKの特集でもやっていたが死後必ず救われると言う
信念の元に領主に対する一揆で死ぬこともいとわないと言っていましたから
真宗ではイスラム教徒のように自爆テロもOKなわけですね?
(厭離穢土欣求浄土で自爆テロっていうのは願ったりかなったりですね)

ちなみにオラは
>むしろ死を穢れと捉える神道の現代的な立場を問いたいが…
死んだら肉体は(放置した場合)腐って腐敗するから清浄ではないと思うけどね
真宗の考え方だとライフスペースみたいにベッドに3ヶ月ほど寝かしておいても大丈夫なわけですね?

45 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/01 23:14
一揆とテロが同列か・・・?

46 :43:03/04/01 23:24
>>44
真宗でなくても(多少の語弊は覚悟で)死後必ず救われる宗派はあります。

また前すれ229さんの穢れ思想は否定しませんが、
死体の腐敗と死の穢れを同列に考えるのはどうかと…

ちなみにあなたのやり方は遥か昔からある、浄土煽りの手法です(w
真宗くさしが楽しいのは事実ですが、程々に。


ちなみに私は、一方的に真宗の清め塩否定を非難するのではなく、
現代の中で「神道の習俗であるという清め塩」や「死は穢れであるという思想」
などをどのように位置付けるのかを聞きたいと思ったまで。


47 :前すれ229:03/04/02 00:30
>>43
日本の神話の中で黄泉の国の死後に腐って蛆がわいて醜女や死神という存在が出てきます
それが日本人の中の穢れの意識の元だと思うけど43氏の言う「死の穢れ」ってどういうものか説明してください。
(参考リンク
http://www.jinja.or.jp/jikyoku/kiyomesio/kiyome1.html

死が穢れていないと言うなら清浄であるという論説をキボンヌ!

48 :前すれ229:03/04/02 00:39
そうそう個人的意見として追記しておきますが

現代人日本人の場合迷わず冥土(あの世)に行くのはせいぜい3割程度だと思います。
残りのおよそ7割は巷で言う不成仏霊になるか位牌にくっついて追善供養を受けておられます。
死後49日で迷わず成仏(ここでは迷わずあの世に行くという意味合い)するのは少数派だと
思いますけどね。

阿弥陀如来さんの他力本願でも生前信じなかった人は救うのが大変だと思います。
現代人は浄土に生まれ変わるにしても死んでからものすごく時間がかかると思います。

49 :超真剣です!!!マジで聞いてください!!!:03/04/02 02:47
当然全然、関係ないレスすいません。
私は下記の事件の一部は2ちゃんからコピーしたものでこの内容を書いた人は無関係です。
これはあの有名な1989年に起きたコンクリート詰め事件の一部です。
私はこれを読み、涙がとまりませんでした。そして色々考えた末、人生深く考え
させられ、得るものがとてもおおきかった。です。
これは人間や人生を考える上でも「絶対」無駄ではありません。みなさんの邪魔をしてでも、やるべきだと思い(大変自己中だけど)
長い目でみれば、決して人生や人間考える上でも無駄にはならない、又彼女の超悲惨な殺され方を「絶対無駄にしてたまるか」と思い、恨まれるのも覚悟でやらせていただきます。(できれば恨まないで欲しいですが)この事件は絶対忘れてはならない事件です。
たとえ99.9%の人が幸せでも残る0.01%の人が(超)不幸なら、そんな世の中、絶対承認しない!!!!!そんな世界いらない!!!!!(私の心の底からの叫びでした。)
皆様方が(大多数の人が)こんな事件を心底、もう二度と起こって欲しくないと思えば、地球の想念がレベルアップし、あまりにもひどい犯罪は減ります。
皆様が普通に生活してる間にこのような恐ろしい見るも無残な犯罪が起こってるのです。
他人の痛みに鈍感であってはなりません。


50 :超真剣です!!!マジで聞いてください!!!:03/04/02 02:47
何年か前、女子高生をドラム缶にコンクリ詰めにした少年グループの犯罪がありまし
たよね。よく遊ぶ友人の家族が警察関係に勤めておられまして、その方からの当時のお
話です。
 その方が警官になるときの教官がこの事件の取り調べをなさった方で、被害者が監禁
されていた部屋を見てただの青少年の犯罪とは思えなかったとおっしゃったそうです。
床・壁はもちろん天井にまで犠牲者の血が飛び散っていたのです。私がそこを聞き流す
様子を見て、「でもね、いっとくけどね。人を殴って天井に血はつかないよ。もう、だ
らだら血を流している人間の顎を更に殴り上げるようなことをなんべんもくり返したん
だよ」と。「さらってきた女の子相手に、いわゆるやくざや過激派のリンチ顔負けだよ
」。★聞くところによると、ドラム缶の中から出てきた遺体には頭髪が残っていなかった
そうです。なぶられ続けたストレスで、生きている間に全部抜けてしまっていたんです
ね。
「コンクリート詰め事件」を検索すればわかる。


51 :超真剣です!!!マジで聞いてください!!!:03/04/02 02:47
日本最大超残忍事件!!!!!
女の子が40日間監禁され、計100人ぐらいに強姦、朝から晩まで超暴力と超陵辱された。
膣を灰皿代わりにされ、自慰を強制され、真冬に裸で外(ベランダ)に出され、裸で踊らされ、膣やお尻の穴に鉄の棒を突っ込まれ、20キロの鉄アレイで殴られ、瞼にろうそくをたらされ、
膣にマッチ棒を入れられ、膣や裸体をライターで火あぶり、精液を大量に飲まされ、500ccの尿を飲まされ、基礎の他むちゃくちゃ。(生きてるか死んでるかわからないが)ゴキブリも食わされたそうだ。
殺された彼女の親友が言うには、監禁され殺される一日前、幽霊となって「助けて!」と親友に助けを求めたが、親友はどうすることもできず、泣きじゃくった。
「狂宴犯罪」は 一ヶ月以上 続いた 。
そして殺された。

死体の顔は目の位置がわからないほど、変形し、親でも誰かわからず、原型をとどめてないほどで、性器のほうは顔よりもっとひどく完全に破壊されていた。死体の膣にオロナミンC2本はいっていた。
裁判記録は死ぬほどエグイ内容であった。「コンクリート詰め事件」で検索すればわかる。



52 :43:03/04/02 10:46
>>47>>48
個人的に死が穢れである思想はそういった伝承からではないと思います。
なぜなら、この伝承は遍在性が無いゆえ。
(江戸時代とか時代が下れば別です)
#多くの伝承には意味が含まれますので、そこにあるメッセージをどう
#捉えるか…とかはまた別の問題ですネ。

もっと違う部分で穢れ思想が生まれていると思います。
これについてはいずれ。


死体の穢れですが、汚いものを昔の人はあのように丁重に取り扱うものでしょうか?
どちらかといえば、死というものの非日常性への畏れがあのような
かたちをうんでるのではないでしょうか?
たたりとかも絡んでくるのかもしれませんが…

座棺で石を抱えさせることはよみがえりへの恐怖でしょうし、
花を以って野辺に送るのも鎮魂の要素が含まれているのかもしれません。
土葬が一般的であった時代を考えると、単純に汚いと考えるのは難しい
と思います。


死後は宗旨によって、考え方はまちまちですのでどうなるかというのは
なんとも言いがたいところですが。個人的にどうか?と問われたなら、
死すれば必ず極楽に往生します、と考えます。
四十九日、位牌など思想は所詮迎合であって、浄土の本筋ではない、と考えます。
100人が100人往生できるのが浄土の考え方です。
私はこのように受け止めさせていただいてます。
坊さんではないので、深い突っ込みはご遠慮ください(爆)

ところで神道で「追善供養」「位牌」などを考えるのかしら


53 :SHIROUTO:03/04/02 13:18
ちなみに真宗の浄土往生は死後のことではありません。
「死」という言葉を使うと、何か生命の終わりを考えてしまいますが
真宗でいう命とは「自分の依って立つところ」という意味です。
例えば「道具は大工の命」とか「刀は武士の魂」とかで表現されている命です。
ですから自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて
仏に依って立つ身に変わることを往生といいます。

54 :タケ:03/04/02 15:05
>>41
もっと詳しく表現しますと,「阿弥陀仏に南無する存在だったんだ」と認識して,
「南無阿弥陀仏」と名乗る.

個人的に面白いと思うのは,
認識していようがしていまいが,阿弥陀仏に南無する存在であることには違いない(だって真実だもの)ので,
「南無阿弥陀仏」と念仏する事について,「認識する」,という事自体が重要では無い,ということか.

形的には,あなたも「私は南無阿弥陀仏なんだよ〜,あなたも南無阿弥陀仏なんだよ〜」って言っている.
だから,教えてくれる人は,自分に念仏を教え示す存在になると思うのですが・・・

55 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/02 18:49
>>53
>自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて
>仏に依って立つ身に変わることを往生といいます。

根拠となる聖教の文句をお示しくださるとありがたいです。

56 :前すれ229:03/04/02 20:29
>>52.43

質問です。
>死すれば必ず極楽に往生します、と考えます。
これは浄土真宗の檀家全員ですか?
それとも檀家の中で阿弥陀如来を信じている人だけですか?
真宗以外の仏教徒も全員ですか?
仏教徒以外の外教の人間は死後どうなりますか?

(オラは真宗の檀家だろうと外教の人間であろうと全員は往生はしないと考えます
ネオ麦茶や池田小殺人事件の犯人が真宗の檀家だったら往生するかどうかと言えば
そんなわけはありえませんワナ。)

57 :SHIROUTO:03/04/02 22:18
教典の「仏説観無量寿経」では王舎城の悲劇として物語が語られて
そのなかでイダイケという名の王妃が牢獄の中で往生する姿が現されています。
「打ち破られる」ということを「光をこうむる」とか「照らされる」という表現で言われています。

あとよく「極楽国土」とか「浄土」という言葉で「仏の国土」が言い表されていますが
「依って立つところ」というのが「国土」です。
誰もが自分なりの「国土」をもって生きているわけです。
例えば男なら「男」という国土、家庭という国土、日本人という国土、何々会社の社員という国土・・・とかです
「男」という国土ひとつ取り上げてみても、それは時代や環境やその時の風習、文化、思想などでその内容は違ってきます。
でも共通して言えるのは、どれも必ず「自分に依って立っている」ということです。
その国土、つまり「依って立つところ」を問題として取り上げているのが浄土の教えです。

「死すれば必ず極楽に往生する」というのは、何に死するかが問題です。
単に生命が終われば往生するならば、「死んだ方がいい」となってしまいます。
仏教の目指すところは、「いかに生きるか」ですから
生きることが定まれば、同時に死ぬことも定まるのではないでしょうか。
死後のことが不安であるならば、実は生きることが不安なのだと思います。
今までの自分中心の生き方に死んで、新しい人生を歩み出すのが往生です。
死後の世界は、誰もが死んでみないとわからないと思います。

58 :前すれ229:03/04/02 22:24
>>57
質問です。

>「死すれば必ず極楽に往生する」
浄土真宗では「(死後の)極楽往生」と「(生きている間の)往生」は違うと
考えていいのでしょうか?

もしそうならば生身で往生した人に会わせて下さい。
(大木こだま・ひびき以外でおながいします)
そんな人は居ないと言うなら嘘もしくは迷信ですよね?

59 :SHIROUTO:03/04/03 00:43
生きている間の往生が成就すれば、死後往生は問題にならないはずです
浄土往生は「出離生死」ですから。
往生した人とは、絶えず自己を問い、教えを聞き続けていった人々です。
だから決して有名人ばかりではなく、近所のおばちゃんかもしれませんね(笑)
でもそういう名も無き人たちが真宗の歴史をつくっているんです。
もう少し細かく言えば、仏に出会い(仏)、その教えに出会い(法)、
その教えに生きることを勧めてくれる友(僧)に出会った人のことです。
一度往生すればそれで終わりにはならないのです。
そこでさらに自己が問われ、また往生への歩みが始まります。
往生は最終目的であると同時に出発点でもあるわけです。
往生した人は、その生き様に現れ出ています。
私たちが往生した人に出会うときには、その人が何を言ったかよりも
どんな人生を歩んだか、その生き様を見るべきでだと思います。
法然や親鸞も生身で往生した人だと思います。
名の通ったひとを挙げるならば、清沢満之や安田理深です。


60 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/03 01:26
茅ヶ崎ちゃんねる
http://jbbs.shitaraba.com/travel/1213/chigasaki.html

61 :前すれ229:03/04/03 06:39
>>59

スミマセンが再度質問です。

では、生きている往生は本来の天台宗や浄土宗とはちがう言葉の用法でありますが
「勝手に改ざんするな」と天台宗や浄土宗から言われたらどうするのですか?
(どうりで前スレ719氏が意味不明の死後のことを言っている人がいたら見てみたいもんだ
と(浄土真宗以外では通用しない)訳のわからないことを言っていたわけですな・・・。)

ちなみに真宗では他力本願の使い方が違うとマスコミにクレーム入れまくっているようですが
往生の言葉の用法を勝手に変えるのはこれってライフスペースや法の華の
勝手な定説やデタラメ教義とどうちがうのですか?

62 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/03 07:01
>>57
例えば、何々という聖教のこの個所の「往生」という言葉は、

>自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて仏に依って立つ身に変わること

という意味を表しています。

というふうには指摘できないものでしょうか?

それと、
>教典の「仏説観無量寿経」では王舎城の悲劇として物語が語られて
>そのなかでイダイケという名の王妃が牢獄の中で往生する姿が現されています。
>「打ち破られる」ということを「光をこうむる」とか「照らされる」という表現で言われています。

これがどこを指しておられるのかわからないのでご指摘願います。

63 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/03 07:05
>>59
>法然や親鸞も生身で往生した人だと思います。
>名の通ったひとを挙げるならば、清沢満之や安田理深です。

清沢満之や安田理深という人はおっしゃる通りかも知れません。
しかし、法然や親鸞が、「往生」をそういう解釈で理解されていたとは、ちょっと思えませんが。。。

64 ::03/04/03 07:21
>>54
> 認識していようがしていまいが,阿弥陀仏に南無する存在であることには違いない(だって真実だもの)ので,
>「南無阿弥陀仏」と念仏する事について,「認識する」,という事自体が重要では無い,ということか.
まあ、たしかに理屈ではそうなるのかもしれませんが、
しかし気づきがなければ、これは単なる観念論です。
「認識する」ということは重要です。
往生についてのやりとりがありますが、
今往生しているかどうかということは、
それは仏のはたらきを認識しているか、あるいは認識していないか
ということじゃないでしょうか。


65 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/03 08:09
test

66 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/03 08:10
test2

67 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/03 08:10
test68

68 :43:03/04/03 09:47
>>61
ちなみに西山系でも生前往生は説かれます。
真宗だけではないですね。

私が「死ねば」といったのは、飽くまでも死の穢れ関連で
申し上げたまでのことです。言い訳がましいですが。


69 :SHIROUTO:03/04/03 10:56
往生の理解の違いがあるのは事実です。
一つの言葉を様々な人たちが様々な理解をしてもいいと思います。
そこで理解の違いによって相手を批判するのではなくて、
自分の理解をもう一度見直したり、確かめることが大切だと思います。
そして様々な理解の中から、自分が納得できる理解を選び取ればいいのでは
ないでしょうか。
往生理解で親鸞の言葉を引いてみます。『末燈鈔』より
「来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆえに。臨終ということは、
諸行往生の人にいうべし。いまだ、真実の信心をえざるがゆえに。
           途中略
真実信心の行人は、摂取不捨のゆえに、正定聚のくらいに住す。
このゆえに、臨終まつことなし、来迎たのむことなし。」

もうひとつ、法然の言葉
「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」


70 :タケ:03/04/03 12:51
>>64
うん.そうだと思う.
南無阿弥陀仏であるならば,
(自分の感性・悟性が働かなければ)本当はここは阿弥陀の国(=浄土)だったんだなぁ.ってね.
私はこれは目的であり,また出発点だと思います.
そして,浄土系(もしかすると浄土真宗だけ?)では「悟り」ではなく,
「覚り」と書くゆえんであると考えています.

71 :SHIROUTO:03/04/03 14:07
身の回りで起こる現実によって自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られるのです。
「こんなはずじゃなかった」って思うときって何度もありませんか?
イダイケも自分の息子や釈迦の親戚のダイバダッタによって幽閉され
母でもなく、妻でもなく、国王夫人でもなく、生きる場所を失ってしまって
こういう身に生きる場所があるのか?と仏に求めたわけです。
「こんなはずではなかった」と思うときが、打ち破られた時ではないでしょうか。
そして仏はイダイケにあらゆる浄土(生きる場所)を見せるわけです。
その中でイダイケは阿弥陀の浄土を選び取ったわけです。





72 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

73 ::03/04/03 15:25
往生について。

曇鸞和讃
六十有七ときいたり
 浄土の往生とげたまう
 そのとき霊瑞不思議にて
 一切道俗帰敬しき

帖外和讃
超世の悲願ききしより
 われらは生死の凡夫かは
 有漏の穢身はかわらねど
 こころは浄土にあそぶなり

往生について、親鸞は死後と現生のどちらの意味にでも使ってます。


74 ::03/04/03 15:28
>>70
> (自分の感性・悟性が働かなければ)本当はここは阿弥陀の国(=浄土)だったんだなぁ

( )の中の意味は、はからいとかそういった意味でしょうか。
それで、いつも反対ばかり言うようなんですが、ここは浄土じゃなくて穢土です。
親鸞の教えでは娑婆即寂光土じゃないと思います。
それと、これは不勉強なんですが、「覚り」と「悟り」は意味が違うんですか。

75 :SHIROUTO:03/04/03 16:00
自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて仏に依って立つ身に変わることを
「廻心」(えしん)という言葉でいわれています。
唯信鈔文意には「廻心というは自力の心をひるがえし、すつるをいうなり」
歎異抄16章には「弥陀の智慧をたまわりて、日ごろのこころこころにては、
往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて、本願をたのみまいらするをこそ
回心とはもうしそうらえ」

76 :タケ:03/04/03 16:03
>>74
一見違うように見えますが,一部同じです.
では,穢土にしているのは誰でしょう.

77 :SHIROUTO:03/04/03 16:06
「死ななければ往生できない」というのも大事な意味があると思います。
もっと言えば「死んでも往生できない」というのが凡夫の自覚内容では
ないでしょうか。

78 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

79 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/03 19:18
>>69
>往生の理解の違いがあるのは事実です。

つまり、
>自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて仏に依って立つ身に変わること

これ以外の解釈が、真宗においても成り立つといわれるわけですね?
引用された法文だけでは、どのようにも取れます。

>>71
もう一度お尋ねします。

>教典の「仏説観無量寿経」では王舎城の悲劇として物語が語られて
>そのなかでイダイケという名の王妃が牢獄の中で往生する姿が現されています。
>「打ち破られる」ということを「光をこうむる」とか「照らされる」という表現で言われています。

これに該当する部分を、解釈ではなく、経典の文句で、お教えください。

>>73
その帖外和讃が往生について云われたものとは思えませんが。。。

>>75
廻心=往生
というご主張ですか?

80 :SHIROUTO:03/04/03 22:52
さまざまな人たちによって様々な解釈がされるのは当然な流れだと思います。
そういう流れは、どの解釈が真実であるかの確かめになるのだと思っています。
ただ、自分の都合の良いように勝手に解釈したり、自分を正当化するために
仏法を利用することを誹謗正法といって重い罪とされています。

教典から引用ですか・・・長くなったらごめんなさい
すでに韋提希は牢屋の中に居るというところがポイントです。
時韋提希 見仏世尊 自絶瓔珞 擧身投地 号泣向仏 白言世尊 我宿何罪 生此悪子
世尊復有何等因縁 與提婆達多 共為眷属
唯我世尊 為我廣説 無憂悩處 我當往生 不樂閻浮提 濁悪世也 此濁悪世處 地獄餓鬼畜生 盈満多不善聚
願我未来 不聞悪聲 不見悪人 今向世尊 五体投地 求哀懺悔 唯願仏日 教我観於清浄業處
爾時世尊 放眉間光 其光金色 遍照十方・・・・云々

廻心にはまず、方向が変わる意味の廻心があります。
次に、立つところが変わる意味の廻心があります。
立つところが変わる方が=往生だと思います。
 

81 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/03 23:28
帖外和讃は、不用意にこういう議論の場に出すべきじゃないと思うけどなあ…。

82 :前すれ229:03/04/04 00:11
>さまざまな人たちによって様々な解釈がされるのは当然な流れだと思います。
と言うことはマスコミの他力本願の本来の用法と違う使用方法に対して
ケチをつける浄土真宗は言っていることが真実であるとすれば
当然のことながら間違っているわけですね?


83 :前すれ229:03/04/04 00:16
>>69
>往生の理解の違いがあるのは事実です。
当然のことながら神社神道が「清め塩は迷信じゃありません」
と言えばそれも可也でしょ?
それをわざわざポスター作っていると言うことは各個人の坊さんの意見は
いろいろあるだろうけど教団としては自宗の意見は絶対正しくて
神社神道の見解は間違っているというものすごい傲慢なわけでしょ?


84 :SHIROUTO:03/04/04 01:23
マスコミで「他力本願」が使われた事をきっかけにして
もう一度「他力本願」の理解を深めていくことは良いことだと思います。
清め塩を通して、死について話し合いが行われることも良いことだと思います。
現に、ここでも意見を交わしあわれていましたよね。
意見が対立しようとも、両者が本気で命を見つめようとしているからだと思うからです。
他を、傲慢だとか間違っているとか批判する時は、その人は相手を見下しているところに
立ってものを言っていることが多いようです。
相手を批判したいと思ったときに、いったい自分はどういう物の考え方で、
またどんな価値観を持っているのかを考えて見ることが大切だと思います。

85 ::03/04/04 07:04
>>76
穢土にしているのはもちろん私です。
しかし、どう頑張っても私には浄土にすることはできません。

以前、この世において成仏するといったことを言われ、
それに対して私が、浄土教では即身成仏は説かない、と書きました。
この世においていかに修行しようとも仏になることはできないという
徹底した絶望が、浄土教にはあります。
我が身は罪悪深重の凡夫であり、この土は穢土です。
なんかとなるものではありません。
仏と私、浄土と穢土をはっきりと分けるのが浄土教です。
同じではありません。


86 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/04 07:31
>>80
お答えありがとうございます。
しかし、引用された観無量寿経の部分は、韋堤希が釈尊に懇願している部分で、とても韋堤希が「光をこうむる」とか「照らされる」とか、とは思えません。
そもそも韋堤希はここでは、未来に悪声を聞かじ悪人を見じ、とか、阿弥陀仏の所に生れんことをねがう、とか言っているわけで、まだ自分の価値観やものの考え方が打ち破られたとはいえないでしょう。

廻心=往生については、いたづらに言葉の意味をいじくっているだけのような気がします。
廻心と往生とが違うことを表す言葉だからこそ、廻心についての説明があるのであって、もし廻心=往生なら、そこで(唯信鈔文意なり歎異抄なりで)これは往生という意味であると説明があってしかるべきです。

どうも質問の仕方が悪いようなので、改めてお尋ねします。
往生が、
>自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて仏に依って立つ身に変わること
という意味であるという、その根拠は、何という聖教の、どの個所にあるのでしょうか?
先に引用されたような、
>>69
>「来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆえに。臨終ということは、
>諸行往生の人にいうべし。いまだ、真実の信心をえざるがゆえに。
また
>「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」
こういうものでは、確かにそういう解釈でも読める、というだけであって、そういう解釈ができる根拠にはなりません。

87 :SHIROUTO:03/04/04 11:48
自分の価値観やものの考え方が打ち破られてゆくのは
何でこんな目に遭わなければならないのかと苦悩する姿として表されています。
幽閉され自分の価値観や考え方のまったく通用しない状況にいるわけです。
釈尊に懇願する姿は、仏をたぬむ身になってゆく姿であります
しかし、凡夫の身でありますから、仏を前にしてもまだ愚痴が溢れ出てきます。
やがて韋堤希は自分の立っている国土を認識してゆきます。
「濁悪処」という言葉で表されています。
そこで世尊は、ありとあらゆる浄土を韋堤希に見せます。
(ここから先は前のレスで経文の文を・・・云々と省略していますが)
その中から韋堤希は阿弥陀の浄土を選び取っていくわけです。
もう少し後の方に釈尊が韋堤希に「汝はこれ凡夫なり」と出てきます。
ということは、韋堤希は幽閉のまんま、凡夫のまんま、ということです。

廻心については往生の内容の一つであると私は考えています。

凡夫や、愚者という言葉は、すでに光明に照らし出されないと
出てこない言葉だと私は考えています。


88 :タケ:03/04/04 13:32
>>85
「私がここの場所を浄土にする」は自力だね.
まあ,そんなことは出来るはずの無い凡夫でございます.

仏という存在になる,って事にこだわりすぎな気もするし.
そこまでして仏になりたいですか?
何かトクベツなものになりたいですか?

私は私.
それが凡夫の自覚でしょう.

あくまでも,私が尊いのではなく,南無阿弥陀仏が尊いのです.

Qさんとは,ほぼ一緒の意味を言っているつもりなんだけどなぁ.
(結論は違うみたいだけれど)

89 :SHIROUTO:03/04/04 14:54
「尊い」という言葉もやっかいな言葉だと思ってます。
尊いとはどういうことなのか私ははっきりしません。
皆さんで尊いとはこういうことだというものを出してみてください。

90 :バリカン求む:03/04/04 16:02
えっと…このスレでいいんでしょうか。
僧侶の方々にお伺いしたいのですが、髪の毛を刈るバリカンは
どこで買うのがいいのでしょうか?

僕はカミソリでアタマを剃っているのですが、バリカンの方が手軽
なような気がしてきました。で、僧侶にもバリカンをお使いの方が
居るとどこかのサイトで読んだので、教えていただきたいんですが。
電気屋をまわっても、ろくなバリカンが無かったです。

91 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/04 18:01
尊い人とは、
裸の女人が股を開けて流し目で誘っても、
一念の動揺も無く平常心でいられる人です。
(ただし女人と、平常心で誘いを受ける者をば除く)

92 ::03/04/04 19:10
>>88
正直なところ、タケさんの言いたいことがわかりません。

> 仏という存在になる,って事にこだわりすぎな気もするし.
> そこまでして仏になりたいですか?
これも、本気なのか、冗談なのか。どっちですか。

仏になりたい、というのが仏教徒でしょう。

93 ::03/04/04 19:15
>>87
観経序文だけでは韋提希の救いははっきりしないと思います。
阿弥陀如来の浄土を選んだのは、そこで修行して仏になることができると思ったからでしょ。


94 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/04 19:48
>>87
要するに、韋堤希は幽閉された時から往生が始まっていると、言われるわけですね?

廻心については解釈の違いということでいいです。

あと、
>凡夫や、愚者という言葉は、すでに光明に照らし出されないと
>出てこない言葉だと私は考えています。

「汝はこれ凡夫なり」とは釈尊の言葉だと書いてあるのに、この文章は意味不明です。別の話ですか?

それと、往生が、
>自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて仏に依って立つ身に変わること
という意味であるという、その根拠は、何という聖教の、どの個所にあるのでしょうか?

この問いにお答え願えませんか?

95 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/04 20:27
>>91
ということは、赤ん坊が一番尊いな。

96 :前すれ229:03/04/04 21:14
>>84
>他を、傲慢だとか間違っているとか批判する時は、その人は相手を見下しているところに
>立ってものを言っていることが多いようです。
う〜ん。そうなんでしょうかねえ・・・?
他人にケチをつけてそれは許さない(自分は絶対正しい)と思っているからこそ
ポスターや小冊子作っているとしか思えないんですけどぉ〜!

ちなみに本願寺のHPにはこう書いてあるよ
「釈迦仏は、その生涯に数多くの教えを説かれたが、要は生死の迷界を離れて、
悟りの世界に到る道を示されたものである。
それらの教えの中で、私どもが真に迷いを離れて悟りに到ることのできる法は、
浄土真宗のほかにはない。」
はっきりと「浄土真宗のほかにない」と断言してますけど???
他が間違っていて自宗が絶対と言ってますよ!!!

97 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/04 21:29
それはどこの宗教でもそうだろ。

98 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/04 21:45
>>95まさに智者のふるまいを捨てて赤児の如くならずんば、往生叶うまじ

99 :前すれ229:03/04/04 22:25
>>97
マジで言ってるのかい?

少なくとも神社神道や天台・真言系で「自宗が絶対」なんて堂々と
HPに書いてある所はオラの知っている限り無いぞ。
トチ狂っているのは法華系の狂信団体か新興宗教と真宗ぐらいだろ?

100 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/04 23:11
>>96
「私どもが」の「私」とは誰なのか?

101 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/04 23:24
自分のところだけが正しいなんてただのカルトじゃないですか。
過去に門主の風呂に入った水を売ってたりまるでオウムみたいですが
考え方も大して変わらんのでしょうね。

102 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/05 00:16
上の方でもレスされてた方がいたけど、「死」を「穢れ」ととることは
腐ったものは汚いからとかいうレベルのみじゃないよ。

「死」に関わる生業をも社会的な「穢れ・罪」としてきた、まさにいわれなき「差別」
生産の歴史に対する問題提起でもあるんだから。

ハンセン病患者等に強いた業報観による社会的な抑圧の反省・懺悔と同じく、自宗
のみが正しく他は間違ってるとケチをつけるという意識であるよりは自宗の伝統に
向けられた悲痛な反省としての側面があることをお忘れなく。

その意味では神道や他宗の方々、あるいは近代民主国家の主権者たる「我々」とも
課題として共有することのできる問題だし、むしろそれを目的とすべきだと思う。

ちなみにぼくは「解同」とはなんの思想的関係もないよ。こんな言い訳するのも
めんどくさいことだけど。

103 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/05 00:49
坊主にはビタ一文払いません。
月命日のお参りくらい自分でできます。
僕のような人がこれから増えると思うよ。
坊主は飯を食えなくなりますねー^^

104 :前すれ229:03/04/05 01:09
>>100
仏教徒全体か若しくは念仏護持者を指しているものと思われます。

>>102
>上の方でもレスされてた方がいたけど、「死」を「穢れ」ととることは
>腐ったものは汚いからとかいうレベルのみじゃないよ。
NBさん。死後の霊魂の存在を否定する僧侶が多い真宗で
真宗の言うことが正しいならそもそも死が穢れているもなにも無いと思うんですけど・・・。
往生しちゃったら穢れも何も無いのでは?

そもそも「人の死」と「生業としての家畜のと殺や皮革(畜生の殺生)」を
同列になぜ考えるのですか?なぜ差別という言葉に結びつくのでしょうか?
(オラの頭の中では全然関連付けは思いもつかないのです
何か死の穢れ問題は教団の利益と関係あるのですか?)

105 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/05 01:27
同和利権となにか関わるニオイがしますね。大谷派。
神祇不拝なんてバカなこと言ってるのもその辺でしょう。
お金が大好き俗物クソ坊主。

106 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/05 01:50
なんか真宗の坊さんってさあ、自分らの言うこと意外は全部迷信って
いうけどなんなの?やっぱカルトじゃん。

107 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/05 04:05
真宗も学会も他を誹謗中傷するその態度が嫌い!
たとえば普通の人の感覚は神仏並存で生活してる。
クリスマスだってする。でも私は真宗のおかげで仏教そのものを
嫌いになりました。

108 :本願寺派門徒:03/04/05 04:35
実家は神棚(かなりでかい)や荒神さんもありますよ


109 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/05 06:59
>>80
>自分の都合の良いように勝手に解釈したり、自分を正当化するために
>仏法を利用することを誹謗正法といって重い罪とされています。

ここまで言われる以上、往生が、
>自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて仏に依って立つ身に変わること
という意味であるという、その根拠が、
聖教の中に明確にある筈ですが、
それは何という聖教の、どの個所にあるのでしょうか?

110 ::03/04/05 17:43
>>96
あんたは読解力が全くないのか、わざと誤解しているのか、
どちらにしてもイヤミではある。

私はこの教えでなければ救われない、と表明することのどこが悪い。
誰かさんのように、真言亡国、禅天魔なんて言ってるわけではない。
どの教えでもかまいませんよ、なんて言う教団があれば、その方がおかしい。

それよりも>>106>>107のようなアホになんとか言うべきではないか。


111 ::03/04/05 17:44
>>104
死はケガレなんですよ。そしてそのケガレはうつる。
死者を出した家の者はケガレが消えるまで、神社には行かないし、
年始の挨拶まわりもしない。
死のケガレは死者の霊につくから、死んで間もない霊と、
死んでから時間が経っている霊といっしょに祀ってはいけない。
この日本人の宗教観、常識です。

> 真宗の言うことが正しいならそもそも死が穢れているもなにも無いと思うんですけど
その通り。だから真宗ではケガレを否定した。

> なぜ差別という言葉に結びつくのでしょうか?
ケガレと差別が結びついてしまったから問題なんでしょ。

112 :タケ:03/04/05 18:21
>>Qさん
ごめんなさい.
わかっているのに質問されている(=試されている)ような気がして,
わかりやすさを度外視してました・・・

私が言いたかったのは,
私が仏という特別な何かに変身するのではなく,
南無阿弥陀仏と称える姿が,諸仏としての姿だという事です.

だから,実在しているけれども,個人を表す言葉では無いと考えています.


113 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/05 20:31
さて、>>109の問いにお答えなき場合、
往生が、
>自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて仏に依って立つ身に変わること
という意味であるというのは、
聖教に根拠なき妄説であると理解しますが、それでよろしいですか?


114 ::03/04/05 21:35
>>113
さて、それでは名無しさんは往生をどういう意味として受けとっておられますか。

115 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/05 22:55
なんで一向宗門徒は同和問題になると語らないのだ?
やっぱり一番痛いところなんだな。ケケッ!

116 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/06 07:02
>>114
先に根拠をお教えください。

117 ::03/04/06 07:37
>>116
私はSHIROUTOじゃないですよ。
SHIROUTOの往生理解は妄説であると理解した名無しさんの往生理解は何かをおたずねしている者です。

118 :前すれ229:03/04/06 08:31
>>110 :Q
>どの教えでもかまいませんよ、なんて言う教団があれば、その方がおかしい。
仏教はいかなる方便を用いても最後に解脱に到達すればいいんじゃないの?
(八科三十七道品いずれでもいい筈ですが・・・。)
天台宗なんかは間口が広いよ
(つーか天台から浄土の教えだけを持って飛び出したんですわな>日本の浄土系宗派)

106・107に文句言う前に109の質問に真宗の方は答えるべきでしょうな。
根拠のない論説はただの仮説か嘘または迷妄と思われても仕方がないですよ。

>>119:Q
Qさんは真宗のみが説く独自の説が正しいと思っているのですか?
オラは霊感体質だから間違っているところがいくつもあると思ってます。
(浄土宗の言うことはおおむね納得できるのだが、真宗の説には
こじ付けが多いと感じています。だから死後迷わず冥土に旅立っていない
いわゆる不成仏霊が増える原因だと考えています)

119 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/06 08:53
>>117
まだ妄説だと理解したわけではないので後にしてください。
あなたが代りに答えてくださるのならあらためてお答えします。

120 ::03/04/06 21:26
>>118
なんでもいいんだったら、浄土教にこだわることはないでしょう。
べつに強制はしませんよ。

> 死後迷わず冥土に旅立っていないいわゆる不成仏霊
不成仏霊なんてのが浄土宗の聖典のどこに書かれているのか教えてください。

>>119
聖典の言葉を自分がこのように了解したということについて、
それはおかしいとか論議するのなら分かるけど、
聖典に書いてないから、それは妄説だというのは原理主義では?


121 :前すれ229:03/04/06 22:20
>>120
>不成仏霊なんてのが浄土宗の聖典のどこに書かれているのか教えてください。
Qさん、それでは言葉を変えましょう。
「死後全員必ず往生すると言う建前になっていますが実際は
悪人は往生してませんが。絶対に「全員」なんて事はありえません。」
と替えさせていただきます。
しかし「どこにかかれているのか」と聞かれるからには諸説の討論には
当然根拠が必要だとQさんも感じておられるわけですな。
さすれば109の質問にも当然答えてあげるべきでしょう。

それと過去スレにも書いたけど
一般の在家の一個人の意見と出家者(プロ)の意見では立場が違うでしょ!
プロだったら教導職でしょう!!!
プロが一般ピープルに言うことはすなわち「御仏の教え」じゃろ!!!

浄土系宗派の僧侶の場合他力本願だから三明六通は無くとも
過去の諸天諸仏の教えや聖者が神仏から教えを受けて
それを他人に伝えるのなら理屈も通るが、出典も無いし論拠も無いしでは
ただの妄想じゃないのかと109が聞くのは当然だとおもいますけど〜〜〜。

122 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 00:12
>>120
ある主張に対し、聖典に根拠を求めるのが原理主義でしょうか?
例えば、

>>53
>真宗の浄土往生は死後のことではありません。

>自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて
>仏に依って立つ身に変わることを往生といいます。

と言われた人が、

>>80
>自分の都合の良いように勝手に解釈したり、自分を正当化するために
>仏法を利用することを誹謗正法といって重い罪とされています。

と言われているのですから、その主張に対して、聖典に根拠を求めるのは当然のことだと思いますが。
また、聖典に根拠を求めずに、それはおかしいとどうして言えますか?
御消息などには、この聖教をよくよく読め、というようなことが書いてあります。それを原理主義と言われるなら、原理主義で結構です。

123 :SHIROUTO:03/04/07 00:26
「現実は自分の価値観や、ものの考え方を打ち破る」という言葉は
私の恩師のことばであります。
私はこの言葉から、韋提希がその身に降りかかる現実に苦悩する姿を思いました。
そしてその苦悩が回心のきっかけになっていると思いました。
親鸞の「日頃のこころにては、往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて
本願をたのみまいらするをこそ回心とはもうしそうらえ」との言葉に通じていると思います。

124 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 00:30
>>121
見解の相違をつまらない議論にしないで下さい。
「霊」を持ち出した時点でかみ合いません。


>>122
NBさん辺りがフォローを入れるといいのになぁ。
いつまでうせもの探しをしているやら。


125 :前すれ229:03/04/07 01:29
>>121
ん?霊魂を認めない僧が多いからすでに差し替えたのにいまだ何イッテンノ?
ちなみに前スレでも霊魂が無かったら死んだ人の何が行くのか「死んで見なけりゃ判らない」
と明言を避けてハッキリした解答はもらえなかったんだけどね(笑)
そもそも判らないのならばなぜ否定する真宗僧侶が多いのか?
(まあ「死後のことは答えられない」と言う答えなんだから
もう聞くのは止めるけどね。ちなみに118は意見で質問じゃないよ)

で、論議は続いていますが109に対する答えはまだ無いんだけど
真宗僧侶の皆さん根拠はどこにあるんですか?
勝手な解釈は大乗誹謗や誹謗正法と言われるからには往生が本来の用い方と
違う独自の解釈の理由をはっきりと答えていただかないと
それこそ「嘘も方便」ですよ。

126 :前すれ229:03/04/07 01:39
ちなみに前スレはまだHTML化されていないので読めないけど
オラに対して大乗誹謗の罪にあたるとはっきりと書いてあります。
が真宗独自の説の理由に解答できないならば大乗誹謗を前言撤回するか
間違いを認めるかだろうけどどうするつもりかな・・・?
(それとも無実の罪をなすりつけてしらんぷりの頬かむりかな?)

127 :前すれ229:03/04/07 01:49
生前往生について「もしそうならば生身で往生した人に会わせて下さい」
と書いていたのだが
>名の通ったひとを挙げるならば、清沢満之や安田理深です。
って調べたらもう故人でなくなっとるやないか〜!

生きている人間紹介してくれよ!!!

128 ::03/04/07 08:08
>>121
>>不成仏霊なんてのが浄土宗の聖典のどこに書かれているのか教えてください。
> Qさん、それでは言葉を変えましょう。
> 「死後全員必ず往生すると言う建前になっていますが実際は
> 悪人は往生してませんが。絶対に「全員」なんて事はありえません。」
> と替えさせていただきます。
それじゃあ、私の質問とは全く見当違いの応答じゃないの。
そういうのは論点をごまかしている、と言うんですよ。

不成仏霊が浄土宗の聖典のどこに書いてあるか。
悪人は往生していないと浄土宗の聖典にどこに書いてあるか。
全員が往生するなんてあり得ないと浄土宗の聖典のどこに書いてあるか。
以上、お答え下さい。
在家だからと甘えず、きちんと答えてください。

> 生身で往生した人に会わせて下さい
往生したかどうかはその人の心の問題であり、第三者が判断することではない。
私はこの人は往生したと思う、という言い方しかできない。


129 ::03/04/07 08:11
>>122
> 御消息などには、この聖教をよくよく読め、
了解が間違っているから、この聖教をよく読め、と言われているわけですね。
ですから、あなたの了解はこの聖教に照らし合わせると間違っているよ、
という話の進み方になるのではないでしょうか。

ちなみに、ある本には次のように書いてある。

『仏説無量寿経』の本願成就文には真実信心を獲るそのときに、「即ち往生を得て、
不退転に住す」と説かれている。親鸞聖人がここに見出した「往生」とは、
摂取不捨の本願に目覚めるという出来事=「回心」において本願力回向の信心を獲得し、
自我中心的人生が転ぜられ、一切衆生と共に、浄土に向かって今を生きる身となるという
意味である。
(略)念仏こそ成仏を達成する道であり、念仏において「往生浄土」という新たな意味の
人生が開かれるとき、仏に成ることに決定したという証を得て、歓喜に満ちて軽やかに
不退転の歩みを歩むことができる。


130 :前すれ229:03/04/07 12:03
>>128
Qさん、霊魂について浄土系の聖典には書いて無いと思います。

しかし他の経典には悪人が悪所苦界に生まれ変わって苦しみもだえる
様が記述されていますが(盂蘭盆の由来もそうじゃなかったっけ?)
真宗の教義上必ず往生するという説はこれは
1)浄土真宗の檀家全員ですか?
2)それとも浄土真宗檀家の中で阿弥陀如来を信じている人だけですか?
3)真宗以外の仏教徒も全員ですか?
4)宗派に限らず阿弥陀如来を信じる人なら全員ですか?
5)仏教徒以外の外教人間も全員ですか?

4ならば納得できますが他の1.2.3.5はどう考えてもハイそうですか
とは思えません。だからそんなわきゃないだろうと言うのです。
(ネオ麦茶や池田小殺人事件の犯人も必ず往生できるのですか?)
他の仏教宗派では善処天界や悪所苦界など六道輪廻を解脱しない限り
ループしつづけると考えるわけですが1.2.3.5だとしたら
生前の行いは善業も悪業も一切無視されると言うことになりませんか?

>> 生身で往生した人に会わせて下さい
>往生したかどうかはその人の心の問題であり、第三者が判断することではない。
>私はこの人は往生したと思う、という言い方しかできない。
あのう・・・それだと「清め塩は迷信です」とどこが違うのでしょうか?
109の質問にまだ解答されていないところを見ると生前往生の由来も
ハッキリしないし、どの人が生前往生したかどうかもわからないなんてすごすぎる・・・。

131 :前すれ229:03/04/07 14:17
>>122さん割り込んですみません。

仏説無量寿経(浄土真宗本願寺派で、出版されている現代語版
転用は許可が要るのでこちらには書きません。リンク先を読んで下さい)
http://www2.saganet.ne.jp/namo/sub9995bussetumuryou.htm

こちらの「下巻(34)〜(48)下巻終わり」の130項の部分には
「浄土に生まれ、さとりを得ることができるであろう。」
と書いてあっても現世における生前往生とはどうやっても読み取れません。
また127項には「因果応報の道理は必然である。」と釈迦如来が述べておられます。
因果応報があるのに条件を限定せずに「全員往生できる」と言う説は
釈迦如来の教えを否定することになるのでは無いのでしょうか?

132 :タケ:03/04/07 16:36
死んで往生するならば,生きる前は何だったのでしょうかね.

133 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 17:31
大経そのまま理解する気?フーン
どううけ止めるかがポイントなんだがなぁ

134 :前すれ229:03/04/07 17:42
>>132
タケさん
「生きる前」とは前世のことですか?それとも出産前の母親の胎内にいる時期のことですか?
往生と何か関係するのですか?

135 :前すれ229:03/04/07 17:44
>>133
>大経そのまま理解する気?フーン


>>80
>自分の都合の良いように勝手に解釈したり、自分を正当化するために
>仏法を利用することを誹謗正法といって重い罪とされています。
133氏は重い罪を犯しているのですか?

136 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 19:00
>>123
ではその恩師の方に根拠をお尋ねください。
一つの答えを得るために、同じ問いを何度繰り返せばよいのでしょうか。
わからないのならわからないで、発言を撤回するなり、今探し中とかレスしてくださればよろしいでしょう。
自見の覚語をもって他力の宗旨を乱ることなかれ、と歎異抄にあるのをご存知ないのですか。

それと勘違いでしょうが、それは親鸞の言葉ではないはずなので、訂正願います。

137 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 19:06
>>126
これですね。前スレからコピペ。

>775 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/03/04 01:49
>つうかやっぱり、真宗僧の反省すべき点こそもっとよく見るべきじゃないでしょうか。
>229ですがさんだってご門徒さんだというのに。お念仏にご縁をいただきながらも
>「真宗」に反発し、それでも尚、シュダオンだアナゴンだと道を求めていらっしゃる。
>失礼なことをいうようでアレなんですけど、
>涙ぐましいものを感じます。まあ、そんな同情はいらんといわれることでしょうけど。
>
>「人間親鸞」をかさに着て、時と場合によって合理的な立場の迷信と仏教上の迷信を
>ほとんど無意識的に、恣意的に使い分けるのは真宗僧の悪い癖だと思います。
>それがどれほど他宗の方、および真宗の一般的檀家さんの宗教感情を逆なでしているか。
>にもかかわらず、「袈裟の話」を排除しようとすることによって自己の立場をのみ守ろう
>とする。ぼくの理解が正しいとか間違ってるとかいうレベルの問題じゃないです。
>そんな独特の傲慢さに反省の目を向けないならば、229ですがさんの大乗誹謗の罪とが
>は我ら真宗僧にも等しく及ぼされると思います。
>
>じゃあ、面白くもない邪魔な「論争」のようなので(@>767)皆様さようなら。まあたねえ。

>229ですがさんの大乗誹謗の罪とが

人を泥棒とか人殺しとかさらっと言っておきながら知らんぷりと、いうわけですな。

138 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 19:14
>>129
>ですから、あなたの了解はこの聖教に照らし合わせると間違っているよ、
>という話の進み方になるのではないでしょうか。

それは、先に主張をされた人がその根拠を示すのが、先ではありませんか?
さらに>>80では、ご本人が、勝手に解釈するのは誹謗正法だとまで言われているではないですか。その当人が、根拠を示すことができないとはどういうことですか。

それに、間違いであろうと疑ってはいますが、まだ間違いであると判断したわけではありません。

また、そのある本で、
>親鸞聖人がここに見出した
といわれるからには、その著者がどこでそう判断したかが書かれていると思いますが、どの聖教のどの個所だと書かれていますか?

139 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 19:17
生前往生については、まれにそういう人もいないわけではない、と法然上人が言われていたと記憶しているのですが、残念ながら出典がわかりません。どなたかご存知でしたらご教示ください。

140 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 20:07
揚げ足の取り合い
かっこ悪い。

141 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 21:09
そんなことしか言えないおまえの方がかっこ悪いぞ。>140

142 ::03/04/07 21:13
>>130
不成仏霊という概念や、悪人は往生できないという考えには、私は反対です。
なぜなら、それはすべての衆生を救おうと誓った阿弥陀仏の本願に背くからです。

> 生前の行いは善業も悪業も一切無視されると言うことになりませんか?
そういうことが問題にならないんだと言い切ったのが、法然の画期的な点です。

> ネオ麦茶や池田小殺人事件の犯人も必ず往生できるのですか?
そういう気持ちは分かりますが、もしも彼らが救われることがなければ
私も救われないかもしれません。
私が同じことをしないとは限りませんから。
いえ、すでにしているかもしれません。

仏教は基本的には私の心を問題にします。私がどうか、です。
往生ということもそうです。
他の人が往生したかどうか、誰が往生をしたかどうか、
客観的に判断などできません。

教えは人を通して伝えられます。
私に教えを伝えてくれた人は、私にとっての仏です。


143 ::03/04/07 21:14
> どの人が生前往生したかどうかもわからないなんてすごすぎる・・・。
仏教は仏になる教えです。
では、大乗仏教では仏になった人がいるのでしょうか。
小乗と馬鹿にしますが、少なくとも小乗では阿羅漢という覚者がいます。

>「浄土に生まれ、さとりを得ることができるであろう。」
> と書いてあっても現世における生前往生とはどうやっても読み取れません。
聖典の言葉を自分がどう受けとるかということが大切です。
文字通りに受けとるのでは、聖書根本主義者と変わりません。
往生が死後かどうかということよりも、
往生が定まって安心を得るのは今だということのほうが大切だと思います。

>「因果応報の道理は必然である。」と釈迦如来が述べておられます。
これは非常に問題のある教説です。
現世の貧富貴賤美醜などの原因を前世にあるとして、
差別を肯定しているわけですから。
このように、経典に書いてあるからといって、
すべて正しいとは言えないわけです。


144 ::03/04/07 21:20
>>138
>それは、先に主張をされた人がその根拠を示すのが、先ではありませんか?
先に主張された人が根拠を示されたのを納得ができないなら、
自分はこう考えている、だからあなたの考えは違っている、と
自分の主張をきちんと言われたらどうですが。
質問をするほうが楽だし、下手に自分の意見を言って突っ込まれたら
困るから、自分の考えを差し控えておられるわけでしょうか。

>その著者がどこでそう判断したかが書かれていると思いますが、
>どの聖教のどの個所だと書かれていますか?
本願成就文と書いてあるでしょ。
あなたは本願成就文から、往生をどのように理解されますか。


145 :前すれ229:03/04/07 21:54
>>143
>>「因果応報の道理は必然である。」と釈迦如来が述べておられます。
>これは非常に問題のある教説です。
>現世の貧富貴賤美醜などの原因を前世にあるとして、
>差別を肯定しているわけですから。
>このように、経典に書いてあるからといって、
>すべて正しいとは言えないわけです。
(如来の教えを否定するのは)これこそ大乗誹謗じゃないのでしょうか?

第三者の意見キボンヌ!

146 :SHIROUTO:03/04/07 22:39
私の知り合いで、一緒にその恩師の聞法会へ足を運ぶようになったかたは
身内の不幸がきっかけになっていました。
こういう不幸な出来事が縁となって聞法する身になる事も
現実の生活の中で流転する身にうなずかれてきた凡夫の姿であると思います。
「現実は自分の価値観や、ものの考え方を打ち破る」という言葉は
いままで自分の生活と聖教とがまったくかけ離れていたのを結びつけてくれた
言葉であります。
勝手に解釈するのは誹謗正法だと言われているのはその通り、私の方であると思っています。
「言葉を理解しただけで、自分が問題にならなければ『ひるがえす』ことはできない。」と
いうのもその恩師のことばでありますが、こう指摘されていてもなかなか実践できません。
今回、私の往生理解が問われ、今一度、今日まで聞いてきたことを思い返すことができました。
「名無しさん@京都じゃないよ」さんは複数おられるようなのでどの方かわかりませんが
聖教をそのままでは受け取れない私にとって、凡夫の言葉で話をしてくださるその恩師は
かけがえのない方であります。
その言葉が私にとって衝撃的な言葉であっただけなのかも知れません。
その言葉が妄説と思われても仕方のないことだと思います。






147 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/07 23:04
カルトはいらん

148 :どっかの50:03/04/07 23:42
浄土教ではないですが、わたしが第3者になりましょう!
>「因果応報の道理は必然である。」と釈迦如来が述べておられます。
はっきりいいまして、お釈迦様の真理はどの点からも否定は不可能です。(私もかなり疑ったのですがみつかりません)
しかし解釈の仕方によって勘違いされます。
大乗は明らかに人間の創作です。しかし、それは仏の境地レベルの人が書いたのは間違いありません。
前世のお話ですが、釈尊はじつは輪廻転生は唱えてません。
小乗と非難したのは、勘違いによって道をはずれたから。あるひとがこのままではいけないと!
人はおろかだから、理解できないです。そこで大乗仏教の登場です。万人に理解しやすいように作られたのです。
厳密に突き詰めると矛盾が出てくるのはしかたありません。知ってて作ったのですから。
しかし、浄土教はかつて、南無阿弥陀仏で人々の心の平安を作った事は偉大なことです。
経典は表面上ではなく、深層を読み取ると、先人の「偉大さ」がわかると思います。
例:ナーガールジュナ「中論」
それに身分が低くても醜くても、そのものが尊い!
結局のところ、差別を作るのは人間の意識しだい!そういうとらわれを払いなさいと釈尊はおっしゃってます。


149 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

150 :吉水流:03/04/07 23:47
>>135
全然。だって善導法然親鸞の解釈にならっているだけ。
133とは別人だが、いい加減飽きてきた。


いきながらの往生、結構。
死後はみな浄土に参る身。
忝く生きるのもまたよし。。。。これは西山義か(w

151 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

152 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/08 03:07
>>124
ありがとうございます。早速フォローいれさせてもらいます。
で、ところで、うせもの探しってなんですか?

というわけで、対論者は「親鸞会」の方っぽいっすけど、
とりあえず。「曇鸞讃」より。

如来清浄本願の 無生の生なりければ
 本則三三の品なれど 一二もかはることぞなき

無碍光如来の名号と かの光明智相とは
 無明長夜の闇を破し 衆生の志願をみてたまふ

関連して「天親讃」より。

本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき
 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし

以上、「自分の価値観や、ものの考え方が打ち破られて仏に依って立つ身に変わること 」
の根拠となるご文。(まあ、観経だとSHIROUTOさん引用の少し後ろが当てはまるとは思い
ますが、ややこしいので略)

まあ、色々と放置になってるレスはありますが、とりあえず。



153 :124:03/04/08 09:49
うせもの=聖教の当該個所 の積りで書きました。
わかりにくくてすみませぬ。

154 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/08 10:04
>>144
>先に主張された人が根拠を示されたのを納得ができないなら、

どこで根拠を示されているんですか?
すみませんがレス番号をお示しください。
また自分の主張をしろとのことですが、主張がなければ質問してはいけないのですか?
主張なき者に質問する資格なしと言われるのならば、あなたへの質問は控えましょう。

真宗では往生とはこれこれの意味であるという。違っているように思うけれどもまだ自分の知らない聖教の文句があるかも知れないからその根拠となる聖教を教えてくださいと問うているのにお答えがない。

質問するのに一々こんなことを説明しなければならんのですか。
真宗ではこうだと言うからには、その根拠となる聖教がある筈でしょうし、なければならないでしょう。
それは何だろうかと疑問を発するのに、なぜこちらの主張を言わなければならないのか理解できない。
自分の考えと人の考えが違っているからといって、単純に人の考えが間違っているとは私は思わない。その人の考えがどこから来たのかを知らなければ、その人の考えが間違っているかどうかはわからない。私はそう思う。

155 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/08 10:14
>>144
>>その著者がどこでそう判断したかが書かれていると思いますが、
>>どの聖教のどの個所だと書かれていますか?
>本願成就文と書いてあるでしょ。

私が読んだある本には次のように書いてありました。

『仏説無量寿経』の本願成就文には真実信心を獲るそのときに、「即ち往生を得て、
不退転に住す」と説かれている。親鸞聖人がここに見出した「往生」とは、
死んで極楽参り
という意味である。

ある人が私に問いかけました。
「そのある本で、
>親鸞聖人がここに見出した
といわれるからには、その著者がどこでそう判断したかが書かれていると思いますが、どの聖教のどの個所だと書かれていますか?」

本願成就文と書いてあるでしょ。
とは、私なら答えませんね。親鸞聖人の言葉から答えます。

156 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/08 10:34
>>146
どうも誤解されるようなレスを付けてしまったようで申し訳ありません。
私はあなたの往生理解を問うたつもりはありませんでした。
その往生理解の元となる聖教を問うたつもりでした。

しかし私がわからないのは、恩師の方の言葉を、聖教の中で確かめようとは思われないのかということです。そうすれば、根拠を問われてもすぐに出せるだろうと思うのですが。

あと>>123で親鸞の言葉として引用されていますが、最新の研究ではそうなっているのですか?
歎異抄の著者の言葉だと思っていましたが。

157 :タケ:03/04/08 17:28
>>134
>「生きる前」とは前世のことですか?それとも出産前の母親の胎内にいる時期のことですか?

まあ,科学が進んだ今,胎内に宿る前だと思った方が良いかな.
それがすんなり「前世」だという理解になっているみたいですが,それは凄いと思います.

>往生と何か関係するのですか?

本当は往生では無くても良いんですが,
とにかく,死んだらどうなるか,を仏陀に聞いた時に,
仏陀はそんな風に(生きる前はどうだったのかと)答えたような記憶があったものですから.

158 :タケ:03/04/08 17:54
>>157の訂正っていうか,付け足しというか・・・
前半部分ね.胎内に宿る前でなくてもいいや.
「私」という主体が生まれる前ならいつでも良いです.

159 ::03/04/08 19:21
>>154
SHIROUTO さんの答えでは納得できないと。
はいはい、わかりました。
それでおしまいということでよろしいでしょうか。


160 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/08 20:11
>>159
レス番号を提示することもできない。
第一>>146でご本人が、提示できなかったことを認めておられるようですが。

ではあなたが代りに挙げてくださいといってもそれもできない。
わけのわからない引用をしてきておかしなことを言う。
そしてこれですか。。。

>それでおしまいということでよろしいでしょうか。

はいはい、全然かまわないですよ。

161 ::03/04/08 20:15
>>160
> はいはい、全然かまわないですよ。
SHIROUTO さんの件はこれで片づきましたので、
では名無しさんの往生理解についてお聞きしてもよろしいでしょうか。

162 :前すれ229:03/04/08 20:36
>>143
Qさん。釈迦の説が間違っていると言う投稿は訂正しておかなくて良いの?
前言撤回しておかないと不退転の境地で断たれる身見・疑・取見のうち
如来に対する「疑」が残ったままで絶対現世往生も極楽往生も無いと思うんですけど???


163 ::03/04/08 20:49
>>162
釈尊の説が間違っているというのは、たしかに傲慢ではありますが、
前世の業によって、現世の不幸、災難、貧窮その他が生じるという考えには同意できません。
たとえば、虐待される子供は、前世において子供を虐待していたから、
現世で虐待されると説く教えもあります。
タケさんはいわゆるカルマの法則をどう思われますか。

164 ::03/04/08 20:50
まちがいでした。
タケさんではなくて、前すれ229さんでした。
ごめんなさい。

165 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/08 21:25
一、聖教を拝見申すも、うかうかと拝みまうすはその詮なし。蓮如上人は、
ただ聖教をばくれくれと仰せられ候ふ。また百遍これをみれば義理おのづか
ら得ると申すこともあれば、心をとどむべきことなり。聖教は句面のごとく
こころうべし、そのうへにて師伝・口業はあるべきなり、私にして会釈する
ことしかるべからざることなり。

一、蓮如上人仰せられ候ふ。聖教よみの聖教よまずあり、聖教よまずの聖
教よみあり。一文字をもしらねども、人に聖教をよませ聴聞させて信をとら
するは、聖教よまずの聖教よみなり。聖教をばよめども、真実によみもせ
ず法義もなきは、聖教よみの聖教よまずなりと仰せられ候ふ。
  自信教人信の道理なりと仰せられ候ふこと。

一、聖教よみの仏法を申したてたることはなく候ふ。尼入道のたぐひのたふ
とやありがたやと申され候ふをききては、人が信をとると、前々住上人(蓮
如)仰せられ候ふよしに候ふ。なにもしらねども、仏の加備力のゆゑに尼入道
などのよろこばるるをききては、人も信をとるなり。聖教をよめども名聞が
さきにたちて心には法なきゆゑに、人の信用なきなり。

一、蓮如上人仰せられ候ふ。世間・仏法ともに、人はかろがろとしたるがよき
と仰せられ候ふ。黙したるものを御きらひ候ふ。物を申さぬがわろきと仰せら
れ候ふ。また微音に物を申すをわろしと仰せられ候ふと[云々]。

166 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/08 21:25
一、蓮如上人仰せられ候ふ。物をいへいへと仰せられ候ふ。物を申さぬものは
おそろしきと仰せられ候ふ。信・不信ともに、ただ物をいへと仰せられ候ふ。
物を申せば心底もきこえ、また人にも直さるるなり。ただ物を申せと仰せられ
候ふ。

一、蓮如上人仰せられ候ふ。仏法はつとめの節はかせもしらでよくすると思ふ
なり、つとめの節わろきよしを仰せられ、慶聞坊をいつもとりつめ仰せられつ
るよしに候ふ。それにつきて蓮如上人仰せられ候ふ。一向にわろき人は違ひな
どといふこともなし、ただわろきまでなり、わろしとも仰せごともなきなり。
法義をもこころにかけ、ちとこころえもあるうへの違ひが、ことのほかの違ひ
なりと仰せられ候ふよしに候ふ。

@蓮如上人御一代記聞書


167 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/08 21:27
>>153
いえ、レスありがとうございます。

168 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/08 21:39
お寺にお金は払いませぬぞぉ

坊主すげー儲かっているけど、これからは不安な時代になる。

169 :前すれ229:03/04/08 21:43
>>163

148でどっかの50さんが答えているように過大解釈で
>たとえば、虐待される子供は、前世において子供を虐待していたから、
>現世で虐待されると説く教えもあります。
つーのは釈迦如来の説かれる「因果応報の道理は必然である。」の恣意的な過大解釈でしょ。

オラ個人の考えだと前世の影響は多少あるけどそれよりもそれは現実世界では極一部分で
昔から言う「親の因果が子に報い」の方が影響があると思うけどね。

でもQさん。本当に差別を撤廃する気があるなら同和と組んで京都市職員の無試験採用枠に
働きかけるんだったら大谷・平安高校の入学試験も廃止して誰でも入れるようにしないと
それこそ偽善の二枚舌ですよ。

170 : ◆USbyEliUmQ :03/04/08 21:59


171 : ◆ZhMxCGiomY :03/04/08 22:00


172 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/08 23:40
生前の 生 は浄土に 生 まれるの 生 では?

でなければ、「生前はお世話になりました」の意味が通らん。

173 :タケ:03/04/09 11:17
>>164
びっくりしました〜.大丈夫ですよ.

>>172
私に対するレスですか?だとしたら,ありがとうございます.
でも,釈尊がその時点で,「浄土に生まれる前」の意味で答えたとは考えられません.
それと,『生前』ですが,意味的にはレ点が付いて,「以前生きていた時」の意味だそうです.


それと,ずーっと前のレスに対するレスです.
「悟る」と「覚る」の違いですが,こうだと思います.

「悟」は,追い求めて知ること.
見抜くという意味合いが強いと思います.だから,修行して,そういう目を育てて,
その上で真実を見抜く,という事と思います.

「覚」は,真実に気が付く事.
「覚」の場合には,本当は目の前に真実があるのに,自分では目を閉じていて気が付かない.
何かの拍子にパッと目を見開いて,そのことに気が付く,という意味合いが強いと思います.

174 ::03/04/09 19:45
>>169
因果の道理は間違いないが、
そんなに単純に因と果を結びつけることができるものではない。
因→果
 ↑
 縁
であり、縁は無数にある。

親鸞の和讃(もとは善導)
本願毀滅のともがらは
 生盲闡提となづけたり
というのがある。これは全くの障害者差別である。
釈尊や親鸞たちも間違いはある。



175 ::03/04/09 19:47
>>173
私も「覚」と「悟」を調べてみました。
「覚」はその通りですが、「悟」は「見抜く」という意味はないようです。
1,さとる。さとす。思いあたる。ああそうかと理解する。また、理解させる。
2、さめる。ねむりからさめて気がつく。《類義語》⇒覚。
3,さとり。なるほどと道理にめざめること。
4,さとり。仏道の真理にめざめること。「悟りを開く」

ということで、「さとり」とは、ああ、そうだったのか、なるほど、
と納得することのようですね。

176 :前すれ229:03/04/09 21:25
>>174
Qさん、お尋ねします。
差別を否定されますが浄土真宗では何か社会的弱者に手助けはしていないのですか?
浄土宗だと知恩院の横に**学園と言う障害者の授産施設とかがあって
実際に活動していますけど浄土真宗って口と金権だけですか?
どっかそういう実際に人助けしている施設があったら教えてください。


177 :前すれ229:03/04/09 21:46
ついでに質問です(回答者は特に指定しませんが)

本願寺のHPに
>しかし、どれほどいとおしみ、不憫(ふびん)に思っても、その思いのままに
>すべての人々をたすけることはできません。その事実があらためて、聖人の心を
>重くとらえ、聖人は、浄土三部経の千部読誦の行をすてられました。
との故事に倣って京都の七条の本願寺近くの浮浪者は助けてもらえないのですかね?
特に東本願寺の近くは人数多いんですけど・・・。
まさか浮浪者になったのは自業自得だから助けないとか差別発言はしないとは思いますが(笑)

178 ::03/04/10 07:21
>>176
知りません

>>177
浮浪者を救うとは具体的にどうすることですか。

179 :一門徒:03/04/10 11:43
>>177
「真俗二諦」ですからホンネと建前は違います。
宗教法人とはいっても実質は営利を目的としているですよ。教団はボランティア団体ではありません。
貧乏な門徒よりも多額の喜捨をなさるご門徒のほうが教団的には好都合なのは常識です。
あまつさえ一銭の喜捨もしないような浮浪者にいたってはご参詣にこられるご門徒の邪魔に
なりますし、美観上大変迷惑だと思いますが。


180 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/10 14:46
>>177
正直、御同朋以外の人間ことなんてしったことじゃ無いんです

181 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

182 ::03/04/10 20:23
>>179
阪神大震災の時、山折某氏が、既成仏教教団はボランティアをしない、と非難なさって、
そうではない、なぜそんなことを言うのかと反論を食らったことがありました。
その時、山折某氏は、テレビを見ててそう思った、というようなご返事をなさってました。

何をしているか、何をしていないのか、その教団に聞いて、
それから書き込まれたらどうでしょうか。

183 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/11 08:31
>>182
阪神大震災の時、真っ先にやってきたのはカルト教団立ちで、「お前等前世のたたりじゃ」
とやったので、行政側が困り、某宗派の某団体に連絡しボランティアしてもらったんですよ。
もちろん他の団体も順次活動はしている。
(ああいう自体になると、どこの団体がとかじゃなくて、各人の心構えの問題だと思う)

例により行政が特定宗教に連絡を持ったことなので公にはされないのだが、各種報告書では
よく報告されている。

他に支援の問題だけど、私の所属しているところにもいろんな団体が、「あなたのところは
看板だけですか」のようなことを言ってくる。が、設立の目的と、それまでに培ったネット
ワークの上で判断しながらやっているのに、突然相手を非難して協力させようというのが、
いつもながら非常識だなと感じている。調べてみれば、うちの団体よりも資本力があったり
する。
福祉や人権やっていると、それだけで正義は自分の側にあると、自己肯定する方がいますが、
人それぞれ考えや、携わり方が異なります。
福祉・奉仕活動に限れば、経済分野、精神的分野、直接実務労働に携わる分野、これらの連
関があって初めて成立するのですから、その辺充分配慮はお願いしたいと思います。

184 :229ですが:03/04/11 10:13
皆さん回答ありがとうございます。
別に社会奉仕するしないは各教団の判断で当然良いと思います。

とどのつまり真宗では念仏で救われるのは浄土真宗檀家の中で阿弥陀如来を
信じている人だけ往生する訳ですか?
人類全員がみな平等に極楽往生するわけはないんですよね?
念仏で他人まで往生はしないですよね?
(本願寺の僧侶が念仏を唱えると浮浪者が救われるとは当然思えないので
聞いてみたかったんです)

185 :時宗:03/04/11 11:04
>>184
以下コピペ

一遍上人が開かれた時宗はこう考えています。
法蔵菩薩(阿弥陀如来)が極楽浄土と言う仏国土を開かれる時、全ての人が救われるように
ならなければ私は仏にはならないと言う誓いを立て(四十八の誓願のひとつ)、
そしてその誓いが叶えられたので法蔵菩薩から阿弥陀仏(阿弥陀如来)という仏に
なりました。

つまり、人は死した後極楽浄土と言う仏国土に生まれ変わることは既に決定している。
信じる心があろうと信じる心がなかろうと(信不信を問わず浄不浄を問わず)
それは一介の僧侶が決めることではない。
我々はただ、あなたは既に阿弥陀如来によって極楽浄土に生まれ変わることが決定して
いますと人々にお知らせしに行くことに勤しめば良いのである。
と言うわけで今日もなお、時宗は遊行上人を先頭に押し立てて、
『決定往生六十万人』(一遍上人の時代、日本の人口が600,000人と思われていたので)
『南無阿弥陀仏』
と彫られた一遍上人以来の版木で刷り上げた小さなお札を配っています。(賦算)


186 :229ですが:03/04/11 11:33
>>185
>全ての人が救われるように
>ならなければ私は仏にはならないと言う誓いを立て(四十八の誓願のひとつ)、
>そしてその誓いが叶えられたので法蔵菩薩から阿弥陀仏(阿弥陀如来)という仏に
>なりました。
お経の原文では「全ての人」と言うのはこの三次元の現実世界(娑婆)とはっきり書いてありますか?
宝蔵菩薩さんの居られた(異次元の)世界の全ての人が救われたのでしょうが、
われわれのいるこの現実世界はまだ救われていない(途上)と思いますがいかがでしょうか?

浄土系僧侶の皆さんは「全ての人が救われた」のはこの現実世界だと思われますか?
(改めて書いておきますがオラは神仏の存在も浄土も否定しませんよ)

187 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/11 13:48
>>186
君がそう思うなら、それはそれでいいと思われ

188 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/11 15:31
>>186
救いというのは、現実生活において、利益を享受することなんですか?

弥陀という絶対他者の前に照らされた自己を自覚するのが真宗とはいわず、
弥陀を本尊とする各人共通の救いと説いていると思っていたのですが。
人間が人間存在としてあるべき底辺を形成するのが宗教じゃないのかな。

189 :前すれ229:03/04/11 17:06
>>187
ん?そもそも釈迦如来以外に地球の三次元世界(娑婆)にお生まれになった
(存在した)如来はなんと言うお名前でどこに居られるのですか?

まさか阿弥陀如来が娑婆に居られたことがあるなんていわないでしょうね。
それこそ迷信どころの騒ぎじゃないと思いますが・・・。
(違うのなら根拠を教えてください)

>>188
往生の確定=現実生活における利益(=>報恩思想の発生)
と真宗では考えているのではないのですか?複数の浄土真宗のお寺のHPに
そういう意味合いのことが書いてありますけど。

190 :タケ:03/04/11 17:19
>>189
あなたの考えがそうなのであれば,異次元の救いや思想が,
この次元とどういった関係にあるのか,教えてください.
ちなみに煽りではなく,単なる好奇心です.

191 :前すれ229:03/04/11 17:46
>>190
タケさん。異次元(若しくは人間の五感で感じられる範囲以外)の存在を
認めないのなら阿弥陀如来の像に向かって灯明・線香を供え念仏を唱えているのは
阿弥陀如来がさもそこにいるような振りをして信者を欺く偽善じゃないの?
(俗にいう偶像崇拝)

ちなみにオラの考え方も釈迦如来の考え方に準拠していますが
ただし釈迦如来は答えなかった霊魂の存在は実体験からあると思っていますよ。
(オラは開眼供養した仏像はミタマが宿るヨリシロだと思っている=>神道や修験道に近い)

まあオラの場合は霊感体質だけど見えないタイプだからまだ良いけど
嫁さんは(死後の人の存在が)見えるタイプなので本人は見たくないとかなり嫌がっています
霊感体質や霊能者といっても千差万別。頭ごなしに否定するのは勉強不足で
色眼鏡で差別して見ているからですね。
(顕教では扱わないけど三明六通のうち漏尽通以外は如来(阿羅漢)以外の人でも
あってもおかしくない訳ですが外道や魔も当然そういう能力があるわけですから
善なる神通力もあれば悪の神通力も当然ある訳ですな)

ちなみに某教祖も京都の六角堂で夢の中で菩薩と会っているはずですけど(笑)

192 :タケ:03/04/11 17:56
>>191
すみません.質問の仕方がおかしかったかな?
ちょっと違う気がする・・・

異次元と,この3次元世界の接点というものは何でしょうか.
ここでは阿弥陀如来の像が,異次元と3次元をつなぐ接点のようにも読み取れますが,
それで良いのでしょうか?

だとすると,その接点以外での阿弥陀如来の救いは無いとも考えられます.
その場合,ヨーロッパ等の仏教的文化ではない所では,救いは無いのでしょうか?

193 ::03/04/11 19:39
>>184
> 真宗では念仏で救われるのは浄土真宗檀家の中で阿弥陀如来を
> 信じている人だけ往生する訳ですか?
誰が往生して、誰が往生しないということを判断できる人がいるのでしょうか。

> 念仏で他人まで往生はしないですよね?
融通念仏の流れは、みんなで念仏をとなることで、
みんなが救われていく、という考えです。
ですから、他人まで往生できるという考えです。
真宗では救いは自分自身の自覚です。
往生した、しないということも私の自覚です。

194 ::03/04/11 19:52
>>189
阿弥陀仏が歴史的人物ではないから、
阿弥陀仏を信じるのは迷信だということでしょうか。
あるいは、阿弥陀仏は我々の日常の意識では認識できない
世界に実在しているという意味でしょうか。

阿弥陀仏を信じて救われるのではなく、阿弥陀仏の願いに救われるんです。

195 :前すれ229:03/04/11 20:16
>>192
タケさん。オラの考え方は大筋で192のカキコの内容であっています。
(ただし浄土系僧侶の皆さんの思う解釈とは大分違うとは当然思います)
念仏だけでよいのなら本堂や御影堂って要りますか?(本尊なしでも良いんですか?)


>>193.194
>誰が往生して、誰が往生しないということを判断できる人がいるのでしょうか。
では誰が「全員救われる」と判断したのでしょうか?

>阿弥陀仏が歴史的人物ではないから、
>阿弥陀仏を信じるのは迷信だということでしょうか。
Qさん。オラは過去(パート1から)何度も神霊として阿弥陀如来は存在していると
思っている(存在の否定はしない)と書いているのですが・・・ちゃんと読んでませんね(笑)

196 :188:03/04/11 20:16
>>189
お坊さんたち(上人さんというべきか?)の話を聞いたり、経論を見ているといると、
---------------------------------------------------------------
他者の現前によって初めて相対である自己という問題を自覚する。
弥陀を前にした自覚、すなわち「確立された自己、もしくは自己の放棄」にあっては、
それ自体は形而上的に据え置かれる根本的な問題であり解答なのですが、これは
現実生活において、自身の心の表出として、口に唱えたり(口称念仏や和歌詩歌、
あるいは意見として。意見はそれ自体、当人の意志をこめており、当人自体の意見
を限定した一定の指向性というものを持ちますが、それらの限定を加えず、個人の意
志的な自我を排除したもっとも純粋な形が、念仏)、身体の行動による、実践(口で唱えるということも口業による実践。あるいは慈悲としての社会活動)という形で社会に
必ず還元・反映される。
----------------------------------------------------------------
と、私なりに理解しておりました。その真宗寺院の唱っているものはこうした理念とは
また別の物なのでしょうか?

タケさんとの話に割り込まして頂けるなら、そのような救いを必要としていない人、弥陀
を信仰していない人においては必要のない種のものと考えられます。しかしこの弥陀と
いう鍵は万人に、世界に対していつでも開かれた存在です。必要とあらば誰でもその
救いに参加する契機は与えられているものでしょう。(ここら辺が「縁あらば」といわれる
部分かな)

救済とは物質面や、ある地域組織における特定の利益を享受するという直接的な1元
的ものが指されている場合が多いですが、仏教や哲学的な場合における、主に精神
的な思索的救いとは、現実に還元しうる多元的な要素によって構成されるものだと思
います。

換言して、このような種の救いということ(還元・反映)は、必ずしも具体的な衣・食・住
に関する物質的な利益の享受という形態をとるものではないように思うのですが。

197 :前すれ229:03/04/11 20:21
ちなみに「阿弥陀如来の本願で全員救われる」と考えておられる僧侶の方は
当然ながら他宗派の閻魔大王の死後の裁きは迷信と考えるわけですよね?
当然「極楽浄土」はあっても「地獄」は(極楽に対比する)イメージだけで
存在しないと考えるんですよね?ね?ね?

198 :188:03/04/11 20:23
なんか私一人ズレているようね。
スマソです、失礼いたしました。

199 :前すれ229:03/04/11 20:30
>>196・188
釈迦如来が生きておられた時に教団のある出家者が病にかかり糞尿垂れ流しの
状態であったが周りの僧侶は病人を放置プレイしていたのでそれを見た釈迦如来は
自分の修行をするだけではなく病人を助けなさいといって看病したつーのが
阿含経に記述があったはずですが・・・。
阿弥陀如来も釈迦如来と同じく困っている人を「捨て置け」と言うとは思えませんが・・・。
(今日も東本願寺の近くの烏丸七条近辺の浮浪者はダンボールハウスでお休み中)

200 :188:03/04/11 20:33
>>197
>当然ながら他宗派の閻魔大王の死後の裁き……
もともとは経典にはない事柄。

日本仏教においてどう理解を示しているかの問題ですよね。

201 :タケ:03/04/11 20:41
>>195
>念仏だけでよいのなら本堂や御影堂って要りますか?

そういう意味なら,必要ないと考えるのが私です.
そして,本当に尊い事は仏像や阿弥陀仏ではなく,「南無阿弥陀仏という事」
(これは多分,前すれ229さんとは考えが違う部分)
だと思っておりますので,本堂等は必ず必要な物とは考えていません.

あと,仏像の意義とか,なぜそれを大切にしてきたのかは,うまく表現ができません.
「認知」とか,「記号」とか,哲学や心理学の難しい内容になりそうなので,やめておきます.


>>196(=188さん)
えーっと・・・
まあ,「真実」というものは普遍性がなくてはいけないと思っています.
ごめん.>>196における俺の立場がよく読み取れない.

202 :188:03/04/11 20:42
>>199
いや私は、弥陀の救いは必ずしも物質的な利益の享受ではない、といったまでです。
例えば京都ではありませんが、炊き出しとか手伝いますが(当面の命の維持)、物
を与えるということが重要なのではなくて、最終的には自律公正することが前提で
やっております。(なかなか人生に投げやりの人が多くて)

しかも阿含経の記述(律蔵にあったような気がする)は教団内の規則の話で、
釈尊時代は、教団外と生活上の諸事象について、それほど接点は無かったは
ずですが。(朝の托鉢と月に数度の布薩くらいしか接点を持っていなかった)

203 :188:03/04/11 20:45
>>201
あっ、いいです。そんな意味じゃなくて。
私の話の都合上、持ち出すと都合が良かった、というレベルのなので。

浄土の和尚さんたちの前でこのような自説を披露すると、ちょっと違うんじゃない
とわらわれて。。。まだまだだな、って感じです。

204 :前すれ229:03/04/11 20:53
>>202
>物を与えるということが重要なのではなくて、最終的には自律公正することが
>前提でやっております。(なかなか人生に投げやりの人が多くて)
これには激しく同意!(宗教であろうと福祉であろうと)

他力だろうが自力だろうが本人が変わらない事には始まらないと思います。
(だから無条件で「全員救われる」という説にはオラの頭の中で?が付くんです)

205 :188:03/04/11 21:01
>>204
無条件に救われるのではなく、「弥陀の本願」に喩えられるように、弥陀
の存在はそれ自体の用(はたら)きとして開かれているのであり、

その利益に預かるの、なんら条件や権利を必要としない、と言っているだけ
のような気がするのですけれど。縁さえあらば、自ずから。。。

206 ::03/04/12 07:20
>>195
タケさんも言ってるけど、阿弥陀仏と南無阿弥陀仏の違いを考えてほしい。

それと、
> 誰が「全員救われる」と判断したのでしょうか?
誰か救われない人がいるのに、私が救われるということはあり得ない、
だから、私が救われるならば、すべての衆生は救われる、
ということです。

>>197
> 当然ながら他宗派の閻魔大王の死後の裁きは迷信と考えるわけですよね?
当然「極楽浄土」はあっても「地獄」は(極楽に対比する)イメージだけで
存在しないと考えるんですよね?ね?ね?
迷信と神話、伝説は違うということは、Part1でも出てきた問題です。
閻魔や地獄をどうとらえるか、それは人それぞれ考えがあるのではないですか。
それと、仏教では地獄と極楽が対比しているのではなく、
六道と極楽が対比しているんです。

>>204
> 他力だろうが自力だろうが本人が変わらない事には始まらない
何が変わるのか、どのように変わるのか、ということがこれまた問題でしてね。

207 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/12 10:03
>>206
>何が変わるのか、どのように変わるのか、ということがこれまた問題でしてね。

何が変わるのかの「何」は国土だよね。

208 ::03/04/12 10:37
>>207
国土が変わるとどうなるのでしょうか。

209 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/12 11:27
>>195>>201
御影堂が要らない、という主張に関して
祖師を追慕する意思がないならないならそれでいいんじゃないでしょうか?
先達に対する報恩を大切にするのが既成仏教教団の常識ではありますが。

210 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/12 11:28
>>191
>ミタマ云々
何のミタマが宿るの?
仏像の数だけ阿弥陀如来のミタマがあるのか?
すこし疑問。

211 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/12 11:31
>>207
なぜに国土?
文脈からは本人の「何が」変わるのか?
ということが問われているように読み取れますが。

212 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/12 13:25
>>208
>>211
阿弥陀は国土を建立して衆生を救おうとしてるでしょ。
本人の国土から阿弥陀の国土へ生まれ変わるのが往生じゃないの?

213 :タケ:03/04/12 13:43
>>209
>祖師を追慕する意思がないならないならそれでいいんじゃないでしょうか?

うーん.どうでしょうかね.
親鸞聖人の思想や意思を考えた場合,本当に報恩の意思を表すならば,
御影堂よりも阿弥陀堂を中心にした方が良いという考えもできますし.

親鸞聖人がいなければ,私まで念仏相続はおそらく無かっただろうし...
自分としては,祖師に対する報恩の意が無いなんて,ありえませんよ.
ただし,それが「建物」に関してどうこう,って事になると別な話です.

214 :タケ:03/04/12 14:05
>>191(=前すれ229さん)
>嫁さんは(死後の人の存在が)見えるタイプなので本人は見たくないとかなり嫌がっています

これ,マジレスね.
見たくないと思っているほど見えてしまうものです.
これは強い精神的なストレスになるので,
カウンセリングを受けることをお勧めします.

215 :209:03/04/12 16:05
>>213
当時、阿弥陀仏のそういった教えを開陳したまうた祖師を
敬慕するというのはごく自然な流れだったのでは?

現代人の感覚でお堂の価値の重軽を計ること自体無意味だと思います。

216 :吉水流@傍観も亦愉し:03/04/12 16:11
>>211
過去ログ嫁   とは使い古されすぎかもしれませんが。

このスレ内での「往生」定義自体が2種あり、

・死後の極楽への往生(一般的)
・現世における回心による往生(真宗 西山系も?)

となっていると思われます。
かるがゆえに前者であるか後者であるかをよく読んで判断する必要があります。

おわかり?

217 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/12 16:21
>>212
本願成就して成仏してるから救おうとしているのではない。
衆生の往生が確定している。

..............................と真宗の人は言うのだったかな?

218 :吉水流@傍観も亦愉し:03/04/12 16:23
訂正なのでsage

>>211>>212

219 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/12 23:59
十方衆生とは誰のことかな・・・?

220 :前すれ229:03/04/13 00:03
>>212
ミタマについては分霊(ワケミタマ)という考え方があります。
植物の株分けやロウソクの火を移すとか言う例えが良く使われます。

>>217
まあ教義上の建前はそうなんだろうけど実際は墓場に行けば供養してもらえない
無縁仏がうろうろしているし、霊感体質の人間が墓場で一生懸命お経や念仏唱えると
漏れなく後ろから付いてきますよ。(左肩が痛い場合や猛烈に眠い場合は要注意)
もっとも霊感体質じゃない一般人だと全く影響を受けないので
これは憑かれた体験のある人間でないと判らないんですが・・・。

それと浄土真宗の檀家なのだが北陸だから位牌があります。
うちの爺さんの家の仏壇の位牌には四人くっ付いておられますがね
(あっ、爺さんも数年前なくなってるから5人かもしれないな)

まあ真宗の坊さんからすれば不成仏霊を見るうちの嫁さんは幻覚を見て
頭がおかしいというんだろうけどね(笑)
オラも見えるタイプではないけれどイメージを神仏から送ってもらうことはあるぞ
過去の体験を思い出す時、頭にイメージが浮かぶだろ?ああいう感じ。
(といっても言葉ではうまく説明し切れませんが)

221 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/13 00:28
>>220
「北陸だから」位牌があるとは限らないと思いますよ。

>仏壇の位牌には四人くっ付いておられますがね

ってのはいわゆる「繰り出し位牌」のことですか?

222 :前すれ229:03/04/13 00:32
>>221
詳しく書くと実家の地域がばれるからヒ・ミ・ツ!

223 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/13 01:50
一向宗はキモイ

224 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/13 01:50
>>222
おおお、即レスがついていたとは。

まあ、個人的見解としておきますけど、べつに幽霊が実在?したって
浄土真宗的には全然かまわないと思いますよ。
ぼくも実際、そんな体験ありますし。

今昔物語とかだと(法然聖人がご誕生になる少し前くらいの時代の話)
法華経を読み、念仏となえて往生を期するも、娑婆の恨みから怨霊と
なって男を憑き殺した女の話とかありますね。

法然聖人の「浄土宗」が生み出された地平はそういう世界観が
常識であるような世界なんでしょうね。
(あ、往生はまったく仏の力によるものだ。という話も『今昔物語』には見えて
おもしろいですけどね)

225 ::03/04/13 07:17
>>220
タケさんはカウンセリングと言うけれど、
ストレスというよりも、幻想、幻聴があるわけですから、
私は精神科の方がいいと思います。
そういうのに宗教がからむと、たいていは症状が悪化します。
それを昔の人は怨霊にとりつかれたといったのでしょう。
奥さんのことが心配なら急いで!

226 :前すれ229:03/04/13 19:39
>>225
>私は精神科の方がいいと思います。
そりゃあ大変だ!!!
このQさんの指摘でものすごい歴史的発見が今なされようとしています。

某宗派の教祖は京都の六角堂で見た幻覚幻聴を教えのよりどころとして
肉食妻帯有髪を正当化していることが今判明しました!
袈裟の迷信どころじゃありません。教祖の幻覚幻聴が教えの元なんだったなんて
ああっ!なんと言うありがたい教えでしょう。ありがたや。なむなむ。

227 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/13 21:01
慎太郎閣下当選確実です。
ナマグサ左翼坊主の門徒のみなさん残念でしたね。

228 ::03/04/13 21:08
>>226
鎌倉時代における夢が持つ意味と、
現代における「死後の人の存在が見える」ということを、
同一次元で語るわけにはいかないでしょう。
近所の人や職場の人に、私の妻は死後の人の存在が見える、
と話すことができますか。


229 :前すれ229:03/04/13 21:21
>>228
教祖様の夢が幻想、幻聴ではない証明をお願いします。
ライフスペースの定説や法の華の足裏占いとどこがどう違うのですか?

>近所の人や職場の人に、私の妻は死後の人の存在が見える、
>と話すことができますか
出来ますが何か?生きている人間に聞かれてもなんともありませんが。
それより死んだ野郎が見えているのが判るとついてくるので見えているのに
見えていない振りをしていますが何か?
知り合いにも霊感体質が5人以上いますが何か?

230 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/13 22:03
>>226
法然上人にあひまゐらせて、また六角堂に百日籠らせたまひて候ひけるやうに、
また百か日、降るにも照るにも、いかなる大事にもまいりてありしに…@恵信尼ご消息

べつに六角堂の夢告が「肉食妻帯有髪を正当化」したわけじゃないので。
思いつきの勘違いで「某宗派の教祖」云々言ったって皮肉にもなりゃしない。

そのへん、よろしゅう。


231 :前すれ229:03/04/13 22:17
NBさん、うちの嫁に精神病院に行けば?と言っておいて
教祖の夢は妄想幻覚でも迷信でもありませんって言うんでしょうか?
http://www.tomo-net.or.jp/sermon/shinran/shinran.html

ちなみにQさんは
>ストレスというよりも、幻想、幻聴があるわけですから、
>私は精神科の方がいいと思います。
といっている訳だけど苦悩・ストレス状態で参籠行をした教祖が

>そういうのに宗教がからむと、たいていは症状が悪化します。
と言っている訳ですから宗教がらみでストレス状態にあった教祖が

>ストレスというよりも、幻想、幻聴があるわけですから、
ではないという証明してくださいといっているんですが・・・。
出来ないなら前言撤回してください

232 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/13 22:41
そーいえば、臨済宗の人で修行を終えて帰ってきた方に
修行で何が一番辛かった?って質問したら
最後の最後まで辛かったのは、眠りたい事と喰いたい事だって言っていた。
そして、だんだん幻覚を見るようになっていったって言っていた。
お経をあげていると、本尊さんが歩き出したりして見えたんだってさ。
お釈迦さんもきっと幻覚とか見たんだろーなぁ



233 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/13 22:46
>>231
おお、なるほど。おっしゃるとおりでした。

ぼくも>230については無神経であったこと、
お詫びいたします。ごめんなさい。

234 :前すれ229:03/04/13 23:30
>>233
NBさん。判っていただければ良いんですよ。

191でも書いたのですがもし仏教僧なのに三明六通を否定するんだったら
袈裟を着ていても中身は仏教僧じゃなくて外道・外教の僧でしょう。
(もちろん本物もあれば偽物もあるのは当然です。)

あとはQさんに教祖が(もし現代に生きていれば)精神病院行きではない事を
証明してもらうだけですね。

235 :タケ:03/04/14 00:08
>>(Qさん)
ちょっと失礼だと思います.
たとえ心で思っていても,このような場で申す事ではないと思います.

それが本当かどうか,幻覚なのか本当にあるのか,実際にはわからないでしょう.
それを自分の思想をもとに,「幻覚だ」と言い切るのは,反感を買っても仕方がないと思います.

まあ,前すれ229さんも,
「夢告」の考え方のように,いろいろなとり方のできる事を盾にとって,
証明しろ,っていうのも大人げ無いような気がします.

結果的に,私の書き込みがこのような事態を招いてしまったことを,
深くお詫び申し上げます.
ごめんなさい.

236 :タケ:03/04/14 00:10
忘れてた.
>前すれ229さん
本スレでも229ゲットおめでとうございます.

237 :タケ:03/04/14 00:36
連続書き込みすみません.
上の方読み返していると,私の書き込みが勘違いされているように見えたものですから・・・

私は「見える見えない」の問題は,とりあえず無視してます.
そして,「見たくないのに見えてしまう」のは,精神的なストレスになると.
さらに普通は,「見たくない」場合には,「よけい見えてしまう」ものだと思います.
だから,結果的に悪循環に陥ると感じました.

「そもそも見えるのはストレスのせいだ」とは言っていないつもりです.

238 ::03/04/14 08:00
>>234
書き方が悪くて、失礼に感じられたのならあやまります。
しかし、私の妻がそういうものが見えると言ったら、
大丈夫かなと心配しますね。

夢で見たものと、目が覚めて見えるものとは違うでしょ。
誰でも夢を見るけれども、幻想を見たとは言わない。
そして、その夢がどういうことを表しているのかを考えることは、
べつに異常でもなんでもない。
しかし、目が覚めた状態で他の人には見えないものが見えるとなると、
第三者としてはどうしたのかな、と思うのが普通じゃないでしょうか。

239 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

240 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/14 09:50
>>238
あなたの考え方が普通です。

偏った立場から見るとものは歪んで見えます。
広い地平に出てみなければ弘く説くべき教えは
理解できないものです。

241 :いちおう門徒:03/04/14 12:34
>>227
遅レスだが

当選おめ!おらも慎太郎兄ぃに入れてきました。

242 :前すれ229:03/04/14 21:03
>>235
タケさん。別にあなたの書き込みが原因ではありませんので
気になさらないでください。

>>240
>偏った立場から見るとものは歪んで見えます。
>広い地平に出てみなければ弘く説くべき教えは
>理解できないものです。
ほうほう、すると肉食妻帯有髪は夢のお告げ以外のどこに正当化する根拠が
あるのでしょうか?
1201(建仁元)年の教祖の体験以外に何か根拠があるのでしたら
ぜひとも教えてくださいな。

243 :240:03/04/14 22:13
漏れは門徒じゃないから知らん。
渡海みたいに決め付けるんは止めたら?

244 :前すれ229:03/04/14 22:29
>>243
あっそうですか。ほなさいなら。

245 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/14 22:45
別に仏教は肉食を否定していないだろう?

原始仏典には、すでに植物でさえ生命があることさえ触れられている。

246 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :03/04/15 00:21
>>243
> 渡海みたいに決め付けるんは止めたら?

 呼んだかぁ?。こっちの板には余り参加する意思はないんだ。
 
> 漏れは門徒じゃないから知らん。

 寺を追い出されたのか?。自分が勝手に追い出されて、
その憤懣を他人に八つ当たりで向けるなよな。


247 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/15 09:02
>>246
参加する気はなくても見てはいたんだね。
流石だ(w

248 :前すれ229:03/04/15 20:22
>>245
托鉢(布施)で得た食物に限ってOKなのは知ってる?

249 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/16 06:11
2003年4月16日現在、2ちゃんねらー貴殿に問う!

正直、<<ロビン@お姉さん系美人>>と<<アンナ@ロリ系幼な妻>>どちらに萌えますかっ?!
是非、投票請う!

コード発行所 → http://mikoshi.jp/jump-saimoe/code.cgi
本部 →http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Ink/4502/2chymagkyara.html
投票スレ → http://comic2.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1050158765/l50 (part14)
雑談スレ → http://comic2.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1049891021/ (part7)

250 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/16 17:04
>>248
僧中食でもOK。

というか理念的には「三種の浄肉」ならOKである。

251 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :03/04/16 20:03
>>247
>参加する気はなくても見てはいたんだね。

     こっちの板にも参加して欲しいという遠回しな誘いか?。
     part1のスレにカキコしたから、その責任上時々ROMはしているよ。

>流石だ(w

     軽薄な人物のようだ。
     特に褒められるようなことでもない。笑って貰うようなことでもないよ。

252 :前すれ229:03/04/16 20:26
>>250
で、肉食妻帯有髪の理由は?

> 漏れは門徒じゃないから知らん。
は2回も使うと面白くないですよ。

253 :タケ:03/04/16 20:49
>>252
そもそも親鸞思想において,わざわざ肉食妻帯有髪を正当化する必要があるとは思いません.

254 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/16 22:50
香偈の前に八下しますが、なぜ8回なのでしょう?

255 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/16 23:28
>>252
出家の僧侶といっても、六度の修行なんて出来る人なんか一人もいないし、
せいぜい修行のまねごとして、自己満足してるくらいだろ。
肉食妻帯有髪を正当化してるんじゃなくて、
いずれの行もおよびがたき身の自覚なんじゃないの?

256 :240:03/04/17 01:22
>>252
漏れは250とは別人だから関係ないね。

257 :山崎渉:03/04/17 08:41
(^^)

258 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/17 09:26
諸菩薩衆

259 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/17 10:00
>>252
妻帯はともかく、「肉食を否定する」根拠は何?と言っているつもりなんだが。。。

>六度の修行なんて出来る人なんか一人もいないし、
>せいぜい修行のまねごとして、自己満足してるくらいだろ。
そうか? 真宗の六度観ってよくわからんから、何とも言えない。
他宗なら、がんばっている和尚さん、随分知っているけどもネ。

あなたのいう六度観が知りたい。宮沢賢治のようなことを言うのであれば
論外。

260 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/17 11:13
>>259
そもそも修行をしようと思い立つところから自分を買いかぶっているんじゃない?
修行の本来の目的は自我の寂滅でしょ。そんな人居る?
がんばってるのはわかるけど、がんばったで終わっちゃうじゃん。
だから自己満足って言ったの。
それとも修行を終えた人が肉食妻帯してるのは、そこに何か見いだしたのかな?
宮沢賢治が何を言ったかは知りません、教えてください。

261 :前すれ229:03/04/17 12:27
>>259
お住まいはどこですか?実際のお布施見たことある?
ちなみに京都だと現代でもたまに坊さんが托鉢しているのを見かけます。
住民がお布施するのはお金以外に袋に入れた白米とかはあるけど
ミートボールやハンバーグ、焼肉、フランクフルト、生魚、冷凍白身魚のフライ
餃子、焼き豚など肉類をお布施している人がいる訳ないでしょ。

つーことは自坊の食事は当然買い物で入手するわけですが三種の浄肉というのは
自分の食の為に殺生したり、させたりしてはいけないということじゃろ。

まあ現代では植物性加工食品の中にビーフエキスやチキンエキスが添加されている
食品も結構多いので100%精進料理が難しいのは仕方ないとは思いますけどね
(個人的には鶏の無性卵と乳製品は食しても可だとは思う)

で、現代でも禅宗や密教系の阿沙利さんなどは基本的に精進料理みたいだけど
肉食べてもええやんという根拠はなんですか?
夢のお告げしか根拠が無いならそれはそれでいいやん。
「他に何か無いのですか」と聞いているわけなんだが・・・。

262 :259:03/04/17 13:37
>>260
何度も言わせないで下さい。肉食したからといって何なのですか。
植物だって命があるんですよ。あなたはそれらを食べてはいけないと
いうのですか?

>そもそも修行をしようと思い立つところから自分を買いかぶって
>いるんじゃない?
なぜ釈尊の教えを実践することが「買いかぶり」になると言うんでしょうか。
これも脈絡のない意見です。

>がんばってるのはわかるけど、がんばったで終わっちゃうじゃん。
これもよくわかりません。
宗教共通の特色として語ることができるであろう「心の問題」は
その人の閉じた世界のみで完結しております。これに取り組む
ことが悪いこととは思いませんが。
利他行については多少だががいしゅつ。

>修行の本来の目的は自我の寂滅でしょ。
これも聞いたことがない意見です。
経典のどこにそんな記述があるのでしょうか。

六波羅蜜についてもあなたの意見を聞いておりません。お聞かせ下さい。

宮沢賢治くらい小学校くらいの時に全部読みましたが、、、

263 :259:03/04/17 13:47
>>260
釈尊は肉食は否定しませんでした。
(詳しくは律蔵、経典を見られたし)

また提婆達多は釈尊の教えと異なる主張をしました(五事の非法)。
その一つに「常乞食」、布施された物以外は食べてはならない、というものが
あります。これを主張して破和合僧をし、五逆を犯したから生身にて地獄に堕
ちたとまでいわれるのです。(托鉢のみで生活しろ、というのは非仏教的な教
えだということです)

また菜食主義は中国の神仙思想の影響と言われ、一般に観文化圏の仏教の
特色とされます。起源は有名な梁の武帝が中国式な隠遁観に合わせるよう
勅令が出されたことによるとされています。

禅宗でも必ずしも肉食は否定されていません。この点は確認されたし。
(中国系禅宗では清規、日本物は語録で説かれていることもあれば、京都各刹
に尋ねられてもよろしい)

264 :259:03/04/17 13:48
上記
>>261 氏への誤り。

265 :259:03/04/17 13:52
人間は動物であれ植物であれ、他の生命を傷つけなくては、自己の生命さえ
保てない悲しい存在なのです。
仏教は、時にはそんな人間の宿命を「業」という言葉で表現しました。
それ故にあれはダメ、こっちはいいという偏見を捨てたのです。
与えられた食事を有難くいただく、このように日常の生活の中に真理を見いだ
していくことが、八正道・六波羅蜜という仏教の修行だと思っております。

266 :前すれ229:03/04/17 17:42
>>265・259
ハイ!ハイ!先生質問です。

人間は他の生物の命を犠牲にすることはよく判ります。
でもそうならば命に感謝して供養はしないのでしょうか?
神祇不拝は矛盾しないのでしょうか?
(大木を切るときは木霊鎮め、池を埋める時は魚の放生とかするべきだと思いますが
商売で生臭物を扱っているお店では年に一度その動物の供養するとか聞きますけど
とりあえずうちの田舎(北陸)では地鎮祭もやらないし省略されまくってますけど)

うちの爺さんは若いときそういうことを全く知らなかったので川を埋めてしまって
(経済的に)家が傾きました。原因がわかって後にお詫びの供養しましたが。

267 :259:03/04/17 20:58
>>261
>夢のお告げしか根拠が無いならそれはそれでいいやん。
>「他に何か無いのですか」と聞いているわけなんだが・・・。
>242では、肉食妻帯の根拠の「正当性がない」ということを、あなたは問うています。
「根拠が無いならそれはそれでいいやん」とか「「他に何か無いのですか」と聞いて
いる」で済まされるような、言い方ではないのですが。

>266
>命に感謝して供養はしないのでしょうか?
枝葉末節。たたりが怖いんであれば、別に真宗や仏教でなくてもいいでしょう。気の済む
ようにすればよろし。

268 :前すれ229:03/04/17 21:28
>>267・259
先生!変です。オカシイです。

神仏のお告げは理由にならないのですか?
それならそれでなぜ堂々と本願寺のHPには開祖の生涯として書いてあるのですか?

どうもQさんをはじめ真宗の関係者の皆さんは現世利益を否定する関係上
神通力の類が全てトリックだとでも思っていらっしゃる様な節がありますが、
あの夢のお告げは開祖の単なる思い込みなんでしょうか?それとも本当の導きだったのでしょうか?
(オラも個人的体験として夢のお告げがあります。また意識が覚醒している状態で
神霊の存在を感じたことがあります。<本当に大事な知らせがある時と試しに合うときだけですが
だから開祖が神仏の導きがあったのならあったで素直に認めれば良いじゃないですか?
それをオラの嫁が霊が見えるんなら精神病院へ行ってみてもらったら?というのは
真宗ではどういう基準なんですかね?)
〔本物を知らなければ本物も偽物も見分けがつかないから仕方ないのかなあ・・・。〕

269 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/17 22:36
     /)_/)    ( こちらの尋ねごとは知らんぷりで自分の
    < ゚ _・゚> .。oO( 言いたいことだけ一方的に言いまくりか。。。
  ノ) /   |    ( いい加減にしとこう。
  \(_,,,_,,,)   (


270 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 12:13
>>262
>なぜ釈尊の教えを実践することが「買いかぶり」になると言うんでしょうか。
だって実践しようと思うってことは、「自分には出来る」と思うってことでしょ。
それが買いかぶりっていってるわけ。

>宗教共通の特色として語ることができるであろう「心の問題」は
その人の閉じた世界のみで完結しております。
この文章の方がよっぽど意味がわからん。何が言いたいの?

>これも聞いたことがない意見です。
六度は菩薩の行でしょ。目的とするところは涅槃だっていうことはわかる?
涅槃は煩悩を滅しなければ不可能だってこともわかる?
六度だって単なる手段ではなくて、実践出来ること自体がすでに涅槃でしょ。
涅槃の境地に達するまで修行って終わらないはずでしょ。
なんで終わりがあるの?
中途半端な修行は、煩悩を満足させてるだけでじゃん。

271 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 12:31
>>268
前すれさん、あなたは正しい。
奥さんに病院へと言うなら、夢告を肯定している奴らが病院へ行けと思います。

272 :タケ:03/04/18 16:27
>>268

>夢で見たものと、目が覚めて見えるものとは違うでしょ。
>誰でも夢を見るけれども、幻想を見たとは言わない。
>そして、その夢がどういうことを表しているのかを考えることは、
>べつに異常でもなんでもない。
>>238参照)

これは全く無視しているんですか?

273 :259:03/04/18 18:48
>>270
>だって実践しようと思うってことは、「自分には出来る」と思うってことでしょ。
>それが買いかぶりっていってるわけ。
釈尊だって薦めたし、自分で出来ることを実践して、買いかぶり呼ばわりする
あなた様ものほうが、よっぽど自分を買いかぶっているような気が。。。

>>これも聞いたことがない意見です。
>六度は菩薩の行でしょ。目的とするところは涅槃だっていうことはわかる?
その出典をあげて欲しいといったまでのこと。恐らくないでしょうけど(今度
挙げてみて下さい)。
涅槃を目指さず、衆生のままにとどまり、衆生と共に生きるのが菩薩。
その実践が六度や四摂法。わかる?

>六度だって単なる手段ではなくて、実践出来ること自体がすでに涅槃でしょ。
>涅槃の境地に達するまで修行って終わらないはずでしょ。
>なんで終わりがあるの?
この文章、支離滅裂。

>中途半端な修行は、煩悩を満足させてるだけでじゃん。
六度などは満足どうのこうの問題じゃないんだけれどもねぇ。上の仏教の食観
などが多少の参考になればと思う。
修行というのが日常とは異なる特殊な身体行動、と思っていると、そのような
理解は成立するけれど。一々前提となっている理解が間違っているんじゃない?


274 :前すれ229:03/04/18 20:06
>>272
タケさん。神通力の類は本当にある種の人には備わっているんですよ。
ただし以前にも書いたように正邪両方あります。それと当然偽物もあります。
これに関しては実際に本物に会った事が無い人にはいくら言語で説明しても
「見解の違い」で平行線です。

ちなみにタケさんは個人的に開祖の夢はお告げだと思いますか?
それとも女犯の煩悩のなせる妄想の夢でしょうか?
(答えにくかったら無回答でも結構ですよ)

275 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 20:07
他力本願といいますが
阿弥陀如来以外には結局のところありえないのですか?

また、現世利益を否定しますが、
それならば、@自分のことだけを考えて修行!
      A他人の為だけの修行!
となりますが、本当によろしいでしょうか?

276 :前すれ229:03/04/18 20:16
>>259氏は肉食妻帯有髪の理由をなぜオラが聞くのか執拗に知りたいようですが
これって真宗では同和問題と同じく余り深く触れたらまずいと思って
書かなかったんだけど話が進まないので書いてしまいますが

開祖が生きていた時代に鎌倉幕府から
「肉食・好色・酒を飲んで騒ぐ黒衣(袈裟)の者は追放」とお触れが
出されましたがこれは当時の社会常識から逸脱していたアナーキースト
として見られていたのではないのですか?
(ちょうど開祖が関東を離れた時期と一致するようですし・・・。)
これらのことから肉食妻帯有髪は当時の常識ではタブーだったように
見受けられますけど確たる理由もなしに袈裟を身につけているのに
在家の人と同じ生活をする理由はなぜなのでしょうか?
お告げ以外に何か理由があれば教えて欲しいんですが



ときいているんでちゅ!

277 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 20:21
>>274
ねえ、ねえ、上の質問にも答えてあげてよ。

1.開祖の肉食妻帯が、何ら正当的根拠がないという理由は何?
 夢のお告げじゃ、なぜいけないの?

2.命を大事にすることが、なぜ神祇でなければいけないの。

3.仏教が托鉢にのみにより、肉食を否定したっていうのの根拠は何?

おせーて、おせーて!!


278 :前すれ229:03/04/18 20:37
>>277
1.=>276に書いた。夢のお告げでも良いけど他に無いのかと聞いている。

2.=>枝葉末節(らしい)。

3・=>日本とインドで文化風習が違うのでどこで線を引くかが難しいんだけど
    布施や招待食でなく自分の意志で買い物をして魚・肉を買うのは
    あなたの為にこれらの魚・肉はお店に並んでいることにならないですか?
    つまり疑(どうも自分の為に殺したらしいと疑いをもつこと)には触れませんか?
    (人によって見解の相違は当然あると思うけど)

    それともう一つは276でも書いたけど鎌倉時代から明治維新までは少なくとも
    日本では出家者の肉食は心良くは見られていなかったようですが・・・。

279 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 20:50
1.なんで夢のお告げでも良いのに、他が必要なんですか?
 その動機を聞かせてチョ。

3.インドでもこころよく思われていなかったらしいけれど。
 お店に並んだ物を買っても、自分のために殺されたことに
 はならないんじゃない? とボクは思う(「殺されたところ
 を見た」場合というのがあったような、なかったような)。

>それともう一つは276(略
 そうした一般のタブーを破って、親鸞さんは凡夫の立場に立とうと
 したのでつか? そうしてまで仏の教えにかえろうとしたのでつか?
 後者だったらすごいですね!

280 :前すれ229:03/04/18 21:43
>>279
1.=>過去スレ嫁!つーことで判ると思うが関係者が肯定も否定もしないから
    どっちかいまだにオラわかんねえんだわ。否定も肯定もしない
    答えない真宗関係者に言ってくんない?

3.=>タブーを破るというよりも教団が言うように「往生が確定」しているならば
    そもそも出家して袈裟を着る必要など無いと思いませんか?
    在家でも出家でも往生するのが確定しているんならネ。

281 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 22:12
>>273
>自分で出来ることを実践
だーかーらぁ、自分で出来ることしか出来ないっしょ。
限界はあるでしょう。
六度はとうてい実践しきらないんだよ。
そんな中途半端なのに修行をしているなんて言えることが買いかぶりっつーてんの。

>その出典をあげて欲しいといったまでのこと。恐らくないでしょうけど
仏教辞典でも何でも自分で開いてみろっつーの、出てるから。

>涅槃を目指さず、衆生のままにとどまり
それじゃ菩薩でなくて、まんま衆生やんけ

>修行というのが日常とは異なる特殊な身体行動
修行は思いっきり特殊やんけ



282 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 22:29
>>280
1.そこまでしつこく聞く神経もわかんねーだヨ。
 過去ログすこしだけど読んだども、前すれさんの文章意味不明の部分が多くて。。。

3.だから親鸞さんは凡夫になったのを宣言したんじゃなかとですか?


283 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 22:39
>>281
六度は全部一緒くたに修行するもんでもないでしょ。
1つ1つの気づきを大事にする。声聞の実践でも「覚支」という風に
言い習わされているんじゃない? 

  おぼれている人がいる。→手を差しのべる。
これ1つで相手に施しをし《布施》、自分の労苦を惜しまない《忍辱》
折に触れて実践する《精進》、労苦をおしまず自分お勤めを果たす心構
えがある《禅定》、と4つは揃っているけれど。
《持戒》なんどもそうした仏の教えを誓願としてたもつことだから、仏の教
えを信じている人なら、ここにこれを加えていいんじゃない。これで5つ。

>仏教辞典でも何でも自分で開いてみろっつーの、出てるから。
出ていないよ。密教系と浄土系以外のたいていのもの見ているけれど、
というか、考え違いしているから、そんな偏見いだいているとしか思えない。
自分で挙げてみてよ。三蔵には恐らくないから。

>それじゃ菩薩でなくて、まんま衆生やんけ
菩薩にゃ、在家の菩薩と出家の菩薩をあるのをご存じ? もとは仏さまが菩提を
得られる以前のことを指し、あるいは仏さまの前世のことをいったのよん。《これは
当然在家やら、動物だったこともあるよん》
そこから大乗仏教では、仏さまの教えを胸に抱き、誓願を立てて活きる人々のこと
を出家・在家を問わず菩薩というた。こうした背景には出家者のみの教えを説く
仏教教団が多くなったことが挙げられておりますです。その反措定として菩薩ガナと
呼ばれる出家在家同等の共同体が角逐されていったのです。

>修行は思いっきり特殊やんけ
平常心是道。

284 :275 俺の方にも解答を!:03/04/18 22:40
六波羅蜜
…修行の際にどのようにすれば、良いかの種類、段階が示されている。
布施→持戒→…→智慧となるわけであるが、
「終わり無き完成」と表現されていることより、永遠の修行項目であろう!完成してから修行とは言わない。
それに、自分の本当の限界がわかるという事は「如実知自心」=すでに悟ってる事。悟ってる人にしては無知では…

涅槃を目指さず、衆生にとどまり。
…かれの表現が微妙だけど、菩薩とは次の使命がある。
「修行により、涅槃の境地に行くことができても、拒否し衆生を救い続ける。」
つまり、涅槃できても安易にしてはいけない菩薩道である。

修行は思いっきり特殊
…日常生活のなかで、坊さんとしての菩提心を忘れず、精一杯生きていく事であろう!
つまり、昼間だけ坊さんというのはおかしい事。

285 :前すれ229:03/04/18 22:46
>>282
1.=>割愛(スマソ)

3.=>ええ?それだとつじつまが合わないんだけど・・・。
    凡夫のままだと生前往生(真宗で言う独自の解釈)はしても
    死後往生しないんですけど。少なくとも
    A)身見・疑・取見の3つの煩悩を断つ
    B)如来に対して絶対の信を持つ
    どちらかの条件にならないと預流の聖者(シュダオン)じゃないから
    将来成仏することが確定しないことになっています。
    一般的な浄土信仰ではB)の方が源流。

286 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 22:54
このスレで答えてくださる方へ

変に自分の宗派を守ろうとするのではなく、良いものはよい!おかしいのはおかしい!
と柔軟にならないと、仏教はもっと廃れますよ。
かつて、浄土の方が言いました。
密教の「光明真言」が一番優れている…と言ったのです。
だからといって、密教にも悪い面はありますが、これが本当の智慧じゃないのかね?
釈尊が見たら泣くよ?
そもそも、いかに現代の諸問題を檀家単位で解決していくか考えなきゃ。

287 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 22:56
波羅蜜はpAramitAで、伝統的には「到彼岸」=彼岸にわたりついた、の意味。
現在の語学的分析では「無上」「完成」「完成態」を意味する。布施波羅蜜な
ら、「布施という行の完成」という意味で、この行い1つで布施という行が1回
1回完結している、という実践である(後果を期待しないといっていいのかな、
般若思想と関連してくるね)。

>「修行により、涅槃の境地に行くことができても、拒否し衆生を救い続ける。」
>つまり、涅槃できても安易にしてはいけない菩薩道である。
八地にいたっても進まず、十信?(だったかな、よく覚えていない)に戻って涅槃に入らず
だから、「涅槃できても」とはチトニュアンスが違うんじゃないかな?

> 昼間だけ坊さんというのはおかしい
これはどういうこと?

288 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:01
>>286
こういうのが一番厨房意見だと思う。
ここで檀家制度とか出せば、専門知識を持つ人の発言が無くなると思っているんだろう。

仏教はそれぞれ各宗派の狭義の相違は、異なる思想体系をもって創出されてくるので、
「浄土の人が光明真言が一番優れている」なんて発言聞いて、一番悲しむのは、主体性
をなくした法孫を見た釈尊その人であろうに。。。そんなことも分からないオマエサンは
おモーハ?

289 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:03
>>285
しゅだおん果というのは、四諦の道理を見徹した聖者のことだろう?

290 :284:03/04/18 23:04
「涅槃できても」
…ああ、つまり能力的には如来になれるのでなるが、能力が備わったからといって、
その前に衆生を救わなくてはならないと言いたいのです。

昼間だけ坊さん
…昼間に袈裟を着ている時は、問題ないが夜になったとたん(私服に)ベンツに
乗って、オネーチャンのお店でバンバン金を使って、ギャンブル三昧とかすることでする。

291 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:05
>>284
六波羅蜜が次第的な階位を持った修行、というのはどこに出ているの?

292 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:08
>>290
そういう人もいるけれど、真宗だけでお寺は何万ヶ寺、僧侶の数は
その何倍かでしょう?

そこから割りだしゃ微々たる数だよ。といってもホントああいう人たちはイヤーね。
言いたいことは、とりあえずああいう人間相手にしてもここでは始まら
ないので無視しましょう、ってこと。

293 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:13
>>288
だから、自分の宗派の思想がおかしいぞ!
って思う人がいるはずだし。矛盾を感じて無いのはおかしくね?
そもそも、あらゆる宗派の勉強した?
どれが一番真理ついてるか考えた事ある?
この浄土のひとは日本の仏教を色メガネをつけずに勉強した事がわかるんだ。
すげえ人と思わない?むしろ釈尊はあくなき探究心に感心してるね?

294 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:16
>>284
>完成してから修行とは言わない。
これもよく勘違いされる事柄だけど、修行してさとりを完成する、ということは後
代のアビダルマになって出てくる考え方で、釈尊は八正道のように人間の生き方が
いかに正しくあるかということを説かれただけなのである。この生き方に目ざめ、ま
たはこの生き方を歩むことが仏教の実践であり、ブッダといわれる人々なのである。
(後者はとくに別解脱パーティモッカということに反映されている)

295 :前すれ229:03/04/18 23:18
>>289
四向四果って知ってる?

シュダオン(預流)・シダゴン(一来)・アナゴン(不還)・アルハット(阿羅漢)
それぞれ「向」と「果」あるはずなんだけど。
「須陀恩(預流向)」以上なら「極七返生」と言われる通り,最大でも七回生まれかわるうちに
「生死」を出離する者となり,しかも「不退転」と言われる通り,悪趣苦界には決して趣かない
在家でもアナゴンまではOKらしい。アルハットは在家だと一時的に成れてもまた落ちちゃう
という説が一般的。ちなみに浄土系は他力本願なので現世でのアルハットはありえない。



296 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:18
>>293
>この浄土のひとは
誰?法然さん?親鸞さん? 前すれさん?(てことはありよう筈も
ないが2chはいろんな人がいるから一応聞いておく)

297 :284:03/04/18 23:19
>291
「仏教」 渡辺 照宏著
でかいてあった気がする。手元にないから、やや自身が無いけど。
たしか、仏教の実践は簡単にまとめると、戎、定、慧の三学から
であり、そこから、考えると六波羅蜜の順番になったと思うよ。

298 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:23
>>295
オマエサンこそよく調べた方が好いぞ。そんな辞書的なことをいっても、
前の托鉢と肉食の時のように、理解出来ていないことが露見するだけだぞ。

299 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:24
>>293
だれか忘れちったから、浄土の人に聞けば名前がでてくるかな。
と確信犯てきに書いたんだわい。だれかしらんかいのお。

300 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:24
>>297
>戎、定、慧
せめて戒・定・慧と書いてくれや。

経典論書を直接見てくれよ。

301 :前すれ229:03/04/18 23:28
>>298
またまた生前往生の様に真宗内だけで通用する独自の解釈ですか(笑)

302 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/18 23:35
>>300
あげあしとらないでくれ。。。
戒は見間違いだ。
「持戒」とちゃんと打ってるから、みのがしてくれよ。これ見て、間違って覚える輩もいないだろう。

経典論書を直接見てくれよ。
…そんなの調べるのいや!時間の無駄だよ。考えもしなかったよ。
理論的に考えて、なんら疑問におもいませんが。
納得いかない点はどこですか?


303 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/19 00:27
>>283
じゃあ何?あなたも菩薩になれるってーことかぁ?すっげー

304 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/19 01:36
教義のことはいいからさあ、なんで真宗はブラク解放同盟のいいなり
なわけ?だれか答えてよ。

305 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/19 01:39
>>304
>解放同盟のいいなり
きっと負い目があるからじゃない。

306 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/19 01:54
差別戒名問題以外?でなんかあるの?お金?なに?

307 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/19 05:53
>>301
真宗だけじゃない。西山派も言う。
諸々含め298に禿同。

通仏教の上に念仏(宗)はあるが、その逆ではないので。
坊さんに聞くより、霊に聞いた方が早いのでは?(w

308 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

309 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

310 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/19 13:18
だれも答えてくれない同和問題。
お坊さんに質問してるのに、坊さんどうしで黙殺するの?
この雰囲気って楽しいわ。ハハハ。

311 :お借りします:03/04/19 15:56
     /)_/)    ( こちらの尋ねごとは知らんぷりで自分の
    < ゚ _・゚> .。oO( 言いたいことだけ一方的に言いまくりか。。。
  ノ) /   |    
  \(_,,,_,,,)   
まったくです。これほどヘタレの集まりとは。とてもあのキチガイ教団だった
一向一揆どもの末裔とは思えぬ根性なしですね。
教義でも政治的問題でも批判に対して何もいえないのは苦しい証拠ですね。
ここが浄土系関係者のサロンなら荒らしになるようなことはしませんけど
質問に答えられる坊主が皆無だということ、また坊主を援護する識者も
いないということか。身内で慰めあうってこういうことをいうんですね。
特に浄土真宗は、なにもかも自分達の矛盾に気がついているんじゃないの?
いろいろとやってて毎日満たされてますか?いやいや漫然とする仕事に
誇りを持ってますか?

312 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

313 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 01:12
>>310
このスレのことかい?

【論文】仏教界が靖国神社を嫌うわけ【本願寺】
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/asia/1049984344/


314 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 03:21
age

315 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 03:45
悪徳勧誘業者に大人数で押し掛けるオフ
http://life2.2ch.net/test/read.cgi/offevent/1044439342/l50


316 :山崎渉:03/04/20 03:48
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

317 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

318 :前すれ229:03/04/20 08:50
312激しく誤爆してますな(笑)

>>313
こっちのことだと思っていました。(スレ257)
http://travel.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1026297314/l50

276はさすがに痛恨の一撃だったのだろうか・・・返事・反論が無い。


319 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 11:36
>>318
276が追い詰められて答えられなくなっているんだよ!よく読めよ!

>>302
理解が違っているので、「矛盾がない」とかの問題と違うと思うが。

>>303
そうでしょ。それが大乗仏教だから。激しく誤爆誤解しているね。

320 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 11:48
追加
>>311
そのコピペは、わたしが仏教のことを余りにも誤解しているカキコが多すぎるので、
前すれさんたちに対して催促のために貼ったものです。

結局彼らの理解はこの程度のものと分かったので、識者も返事のしようがないのだと
思います。

よく読んで下さい。

321 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 12:17
で、結局末端の坊さんは教団本部の政治活動に対してどう思ってるの?
全員が諸手をあげて指示ってわけでもないと思うが、率直な意見聞かせてよ。

322 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 13:16
学生時代祇園でバイトしてたけどいやというほど生臭坊主を見た。
湯水のように金を使っていった

323 :前すれ229:03/04/20 13:43
>>319
>276が追い詰められて答えられなくなっているんだよ!よく読めよ!
はあ?
過去スレのどこにオラの質問に対して真宗関係者が肉食妻帯有髪の理由として
開祖の夢のお告げに対して肯定や否定したカキコがどこにあるんだ?
何度聞いても枝葉の部分にしか答えないで本題にはイエスもノーも答えてないぞ
あんたの個人的意見で良いからイエスかノーで答えてくれよ。

それと298もあんたかい?
凡夫のままで死後往生できるんならその出典はどこにあるというんだい?
ソースキボンヌ

そもそも釈迦如来が肉食を禁止しなかったのは知っているけど鎌倉時代に
当時の政権から関東一円から追放令が出るというのは
(ある特定の個人が(当時の)常識を逸脱していただけなら
個人を捕らえて罰せられるはずだが)
黒衣(袈裟)の念仏者全てに対して追放令が出るのは肉食妻帯については明らかに
反社会的行為の集団がいたということじゃないのか?
しかも当時では珍しい死刑に念仏者が四人もなっているのは(当時としては)
余程極悪の集団じゃないのか?(現代では文化が変わったので非難されませんが)


324 :前すれ229:03/04/20 14:50
ちなみに現代では文化風習が変遷してしるので当然ながら肉食妻帯有髪は
法律に触れません。鎌倉時代の当時は犯罪でも今は違うのでそのことで
真宗を責める気は無いと言っておきます。質問に質問で返してくるから
答えたまでのこと。

肉食と妻帯と有髪はそれぞれ別に考えた方が良いのならそれでも結構
ちなみに有髪はスレパート1後半とパート2前半で袈裟の徳用を論議していた時に
「有髪なのに袈裟の徳用があるのか?」の質問には徳用の意味するところの論議だけで
だれも有髪の理由は答えていない。
(結局、幼子に対する例え話として決着したので徳用に関しては完結したが有髪の理由は不明のまま)


325 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 16:19
剃髪は何のためにするんだろ?ケジラミがわかないようにか?

326 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 16:21
>>323
>凡夫往生のソース

……観経疏。
ほか多数。


あと原始仏教の僧団との比較は無意味です。

真宗ではないのでsage

327 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 16:35
>>319
>そうでしょ。それが大乗仏教だから
え!あんたも菩薩になれると思ってる人?
もしや、すでに菩薩様であられまするか?

328 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/20 19:06
>>326
http://www.asahi-net.or.jp/~jj4h-hcrk/text001.htm
より引用
>観経は全体的に見て、最初の十三観と最後の九品段とは思想的に一致しない。
他多数は何?

329 :タケ:03/04/20 23:44
>>274
遅レススマソ.単にネットにつなげなかっただけなのだが・・・

開祖の夢がどうかというのは,はっきり言って個人的にはどうでも良いんです.
ただし,後々の親鸞の思想を考えた上で,このことを考察すると,
今までの修行や勉強についての疑問に対する,一つの回答の表現であり,
その文学的表現だと思います.

俺はノーベル賞を受賞した小柴さんの「山勘」という表現に近いものを感じるのです.
小柴さんの言うヤマカンは,単に思いつくことではなくて,
今までの知識・経験などを総動員して,必死に考えた事を言うそうです.
その答えを,総動員したすべてを説明する事が困難だから,
ヤマカンという言葉で表現するのかと思うのです.

330 :タケ:03/04/21 00:10
>>324
前スレで俺が回答したのは何だったんだろう・・・

>>266
>うちの爺さんは若いときそういうことを全く知らなかったので川を埋めてしまって
>(経済的に)家が傾きました。原因がわかって後にお詫びの供養しましたが。

もしも,前すれ229さんの考えが真理であると仮定します.
川を埋めたり,家を建て直したりしたときに,供養等をしない場合には,
その家が経済的にも不幸になると.

ならば現在不況によって多くの会社が倒産し,家庭的にも崩壊している場がありますが,
そのような人たちは皆,家を建て直したりして供養していない.

逆に,戦後日本が経済的に回復するきっかけとして,朝鮮戦争による特需があったわけですが,
これは日本人が何かを奉ったり,供養したりしたからである.

これも成り立たないと変だと思うが,浄土系とは関係なさそうだしsage.

331 ::03/04/21 08:26
>>276
> 開祖が生きていた時代に鎌倉幕府から
「肉食・好色・酒を飲んで騒ぐ黒衣(袈裟)の者は追放」とお触れが
出されましたがこれは当時の社会常識から逸脱していたアナーキースト
として見られていたのではないのですか?

追放のおふれが出たのは時衆のことである。
関東の親鸞教団は同じ念仏を称えるものとして、時衆と混同されていたらしい。

しかし法然、親鸞が「社会常識から逸脱していたアナーキースト」というのは
あながちに間違いではなく、法然、親鸞はすべての人間は悪人である、
そのことにおいて平等である、と説いたわけだ。
それまで悪人とは労働者、下層階級のことだった。
それなのに貴族、僧侶、武士も悪人である、下層階級の者と平等だ、
と説いたわけだから、上流階級の者が怒るのも無理はない。

前スレ229さんはピントはずれのことを言い立てているように感じる。
法然、親鸞の立場と、死者の霊が迷って云々ということを信じる者の立場とは
まるっきり違うのだから、ピントがはずれても仕方ないけど。

332 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/21 10:12
>>324
>鎌倉時代の当時は犯罪でも今は違うのでそのことで
鎌倉時代でも犯罪ではないよ。

>>323
>それと298もあんたかい?
>凡夫のままで死後往生できるんならその出典はどこにあるというんだい?
そうだよ。真宗やお浄土のことはよくわからんぞね。インド系や他宗の仏教とも相当違う
みたいだしね。その意味で>>326さんの意見は至極まっとう。
わたしゃただあなたの意図がどこにあるのかまったく不明な文章群について、説明しても
らわなくちゃ理解できないから、質問していただけ。それ以外に問題が派生して行っちゃ
ったけど。

>>327
そうだよ。大乗仏教に関しては、サンガ・ガナの規程によってそこに携わる立場を取った
り、誓願たてて仏道を歩めば、菩薩だよ。



333 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/21 13:57
結局のところ
浄土の方たちは、俗人でも坊さんでもないのですから。

334 :決定往生六十万人:03/04/21 14:51
念仏なんかしなくたって誰でも往生できるんだから
どうでもいいじゃん

335 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/21 18:37
  |         |  |
  |         |  |_____
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  |        /\ |  /|/|/|
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  |   /  / |_|/|/|/|/|
  |  /  /  |文|/ // /     ∧∧
  |/  /.  _.| ̄|/|/|/      /⌒ヽ)
/|\/  / /  |/ /       [ 祭 _]    ∧∧
/|    / /  /ヽ         三____|∪   /⌒ヽ)
  |   | ̄|  | |ヽ/l         (/~ ∪    [ 祭 _]
  |   |  |/| |__|/       三三      三___|∪
  |   |/|  |/         三三       (/~∪
  |   |  |/         三三      三三
  |   |/                    三三
  |  /                    三三
  |/                    三三


336 : :03/04/22 00:02
>>310 そのネタ(同和利権)で盛り上がってます↓

【マターリ】  浄土真宗《萌え》スレ  【雑談可】
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1048431175/



337 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/22 01:59
なんか、鯖の関係か宗教板に書き込めないんで、こっちに貼らせていただきます。
島国さーーーーーん。もしご覧になってたらよろしくです。

Date : 03/04/22 1:48:34
Subject: 日蓮大聖人に帰依しなければ日本は必ず滅ぶ
URL : http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1047438066/
FROM : NB#******(えへへ。
MAIL :

島国さん。レスありがとうございます。ええと、今はジャックダニエルで一杯やってます。
やっぱ、酒はいいですねえ。いつか、どこかで、島国さんと酒飲めたら最高ですね(w

もう、最高です。うれしすぎ。えへへ。まずは乾杯。

>インドの言語観の集大成として のインド密教と、漢字文化圏のある意味「格義仏教」
>の集大成wみたいな善導大師の教学も、 パラレルかな?て印象受けますね。

これはもう、目からうろこです。
まあ、三論宗の相承には清弁が入ってくるんですよね。
って、唐突ですけど、さっき思わず『八宗綱要』を読み返してしまいましたら
「此宗意。覚体本有。迷故有生死。返迷還源。但払客塵時。(客塵なんですねえ!!)
本有覚体。宛爾而顕」なんてあって、で、しかも、
「当知。諸宗是三論之末。三論是諸宗之本。豈有不入龍樹心府之宗乎矣。諸宗悉崇為
大祖者乎」なわけで、ええと、漢文打ち込んでいたら清弁がこの文脈でなんだったか
忘れちゃいましたけど(スマソ)まあ、要は如来蔵なわけで、パラレルな関係を結ぶものが、
というかパラレルたらしめるものが如来蔵だったんでしょうかね。(ははは。ちと、電波入って
ます。。。

338 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/22 02:00
いえね。そういや、親鸞聖人のご和讃には
「信心よろこぶそのひとを 如来とひとしとときたまふ 大信心は仏性なり 仏性すなはち如来なり」

なんて不思議なご和讃があって、(ご承知のとおり。)
してみると三往生は仏性理解の三様と捉えることもできるかと。
で、そういや、善鸞さんの「しぼめる花」って、実は如来蔵経のたとえの一つだったりするんです
よね。ああああ、いえ、考えがまとまりませんが。また、考えてみます。ものにならないかも
しれませんが。あはは。

339 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/22 02:07
バカ門徒くるなウザイ。

340 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/22 02:20
で、日蓮さん関係のネタを振っとくと、

まあ、たとえば浄土系では「浄土」の存在について近代世界との思想的格闘が
あったわけですけど、日蓮聖人の場合も、近代世界において、同じような格闘
が必要なんじゃないでしょうかねえ。

思いつきでいうならば、「四箇格言」の「無間」とか「天魔」とか、(「亡国」「国賊」
は、まあおくとして)

いえ、親鸞会のT師が野々村真じゃなかった、ええと、誰だっけ。度忘れです。
まあとにかく僧籍剥奪の野々村氏の影響を受けていらっしゃったようで、
そのへんは興味深いですね。
池田氏や浅井氏にも同じような「近代的」事情があるのかもしれませんね。

「宗」=「主張命題」で云々についてはハゲドー(wなところがありますが、
いっぺん考えなおしてからレスしたいです。
まあ、今、ヨッパですんで。でも、脳みそのある部分は覚醒させていただきました。

#すれ違いしまくりなレスで、皆様スマソです。また、このスレでもレスしたいなあ。
と思ってます。つか、まあ、ヨッパです。


341 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/22 09:20
>>332
>そうだよ。大乗仏教に関しては、サンガ・ガナの規程によってそこに携わる立場を取った
り、誓願たてて仏道を歩めば、菩薩だよ。

あなたにも出来ることなのですか?

342 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/22 09:37
>>341
誰にでもできる!

343 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/22 10:00
三乗一乗

344 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/22 10:07
>>341
っていうか

原始的なサンガの在家成員    = ウパ−サカ・ウパーシカー(優婆塞・優婆夷/信士・信女)
日本の歴史的的な家単位での成員 = 檀家
大乗仏教のサンガ・ガナの成員  = 菩薩(出家在家の別なく)
神社の成員?          = 氏子

ということだよ。

345 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/22 21:27
このスレの坊主どもは本当に「臭いものには蓋をしろ」だな。
もうすぐ祭りの予感!!
「真宗逝ってよし祭り!!」

346 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/22 21:37
どこが?

347 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/22 21:45
>>342
修行がだれにも出来るのだったら、阿弥陀さんは必要ないんじゃない?

348 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/22 21:49
>>347
何度も言うが、言っている意味をキチンと把握してよ。

349 :タケ:03/04/22 21:59
自らを疑うことは,他を信じるよりも難しい.
だから,信心を得ることは難しい.

350 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/23 01:20
>>349
本部がバカな真宗でも?

351 :タケ:03/04/23 14:17
>>350
本部と信心は一致しない.
でも本山(本部から言い換えます)が無かったら,
私まで思想が伝わってきたかどうか・・・いや,多分見向きもしなかったと思います.

勿論,多少(多大?)の文句は言いたいけれど,
まあ勝手にやってて,って所です.
遠いし.

煽りだとも思うけれど一応レス.でもsage.

352 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/23 19:08
age

353 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/23 21:20
テレビ局は普段増税しろとか喚いてるくせに,税金ガメてこんなもの作ってます
http://members32.cool.ne.jp/~yuzer8/tocho.html
盗聴/盗撮器です


354 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/23 21:52
>>351
あおりじゃない!あおりじゃない!本当のことさー♪

355 :タケ:03/04/23 23:45
>>354
信心の話をしているのに,本部へと話が飛躍しているだろ.
教団と教義と,どちらを信じるか,だね.

だいたい,
>本部がバカな真宗でも
 信心を得るのは難しい
というつながりが,まともかどうかを小一時間(以下略

みんなが寝静まった夜にこんな事書いている俺も俺だが.

356 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/24 12:38
タケさん
いっそのこと

357 :356:03/04/24 12:40
スマソ入力ミス↑
いっそのこと本部はなれて真宗原理主義会派つくったら?
最近の檀家さんはいろんなことよく知ってるし。
本部の言うがままにやってたらこの先やっていけないような気もする。

358 :いちおう門徒 ◆6bGjbPadWs :03/04/24 12:52
原理主義はともかく、寺に頼らない門徒中心の
ネットワークがあっても面白いかもね

359 :タケ:03/04/24 16:08
>>357
・・・私,原理主義ですか?

360 :いちおう門徒 ◆6bGjbPadWs :03/04/24 16:24
>>359
彼は原理主義という言葉を、「依法不依人」の意味で
使っていると思われ。いや、推測だけど

361 :タケ:03/04/24 16:33
>>360
サンキュです.
まあ私,ログ見てもらえれば解ると思いますが,
「経文等に書いてあるじゃないか」という主張をしたことは無いと思います.

門徒中心のネットワークには大賛成です.

362 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/24 23:31
>>361
【真宗】本願寺って、なんか変だよな【カルト】
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1051194606/


363 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/04/25 00:34
>>358
コテハンさんご登場うれしやありがたや。
よろしくよろしくおながい申しageます。へへ。

ネットワークって面白いと思いますけど、ネットワークの中の「歎異」
についてはどうお考えで?

364 :いちおう門徒 ◆6bGjbPadWs :03/04/25 12:35
>>363
歎異とは、門徒同士の見解の相違ってことですか。
そもそも、親鸞上人のみ教えを正しく受け取っているならば
「このように考えなければおかしい」とか、「このように行動
しなければならない」という体質こそ問題のように思っています。

誰かが言ってるような、念仏と座禅ってのも個人的には面白い
と思いますし、様々な意見にふれることこそ大切かと。

365 :いちおう門徒 ◆6bGjbPadWs :03/04/25 12:39
ちなみに、個人的には一遍上人に惹かれてます。
しかし、依法不依人という言葉もありますし、また
一遍上人自身も“我化導は一期ばかりぞ”と言ってますね。
まぁ、そういうことだと思ってます。

366 :前すれ229:03/04/25 23:36
真宗のサヨクより思考の資料がありました。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~ecclesia/yasukunisosho/junbishomen2_20020904.html

でまあこのページ靖国神社参拝反対ツーのが趣旨の様ですが、それは良いんですが
(靖国神社が神社という名称を使うのがおかしいとは思う。靖国鎮魂社ならまあ良いかとは思うが
わざわざ裁判するようなことでつかね?)

>伊勢神宮の大麻(お札)は罪穢を祓う神具であるが
はあ?門徒物知らずもここまでくると立派です。
あのう・・・お願いですから世間一般の常識ぐらいは知識として知って置いてください。
脳みそが寒すぎる・・・。

>だから神社参りが、土地、地域の風俗・習慣・伝統として成立し ても当然と思われている。
>(中略)世間体を気にせず、周りの人がするようにせず、自分の信仰を維持しようとすると
>「変わり者」「世間知らず」とささやかれる
それがなにか?それが判って皆さんやっておられるんでしょ?
それ以前に現代の神社神道には教義が無いの知ってる?

そんな無駄なことにエネルギー使うよりも早く京都市職員の無試験採用枠辞めさせてくれよ
京都新聞に職員の不祥事が載っていると決まって(ピー!自主規制)な訳だが
おまいらの解放運動のせいで税金が無駄に使われておるんだぞ。プンプン!

367 :いちおう門徒 ◆6bGjbPadWs :03/04/26 08:09
>>366
彼らは門徒の大多数が靖国やその他の神社に参拝している
ことを理解しているのだろうか?

368 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/26 09:52
神社参拝の件で思い出したが、
私の旦那の実家が真宗のお寺で、
子供のお宮参りの事でかなり喧嘩になりました。
「お宮参りなんてするもんでない。」とか、「形式にとらわれ過ぎ」とか。
でも、門徒関係無く、一般的に当たり前のようにされてると思います。

そのくせ、義父のお葬式では
「前住職の葬式であって、身内のものでない。寺の行事の一つ」
として、されてました。

寺の行事も、形式にとらわれてる事になるのではないか?と疑問に思ってます。
僧侶の方、どういう事か説明して下さい。

369 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/26 11:36
>>368
んー。ダンナさんがお宮参りじゃなくて
初参式に行こうと主張したのならわかるんだけど…。
一般的に神式で行われることが多い行事も
ほとんどは仏式でもできるようになってるハズで、
形式云々の理屈はちいとわかりかねまする。

370 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/26 17:12
>369さん
初参式ってなんですか?
うちの姑はそんな事一言も無く、
「形式にとらわれすぎ、この宗派はそんな事しない。
そんなにお宮参りみたいな事したいなら、
夫婦と子供だけで、東本願寺で勝手にお参りでもしてきたら?」

と、いうことでした。

うちの旦那は次男だからかとも思ったのですが、
一応お坊さんもしています。
「絶対お宮参りに代わる何かがあるはずだ!」
とも聞いてみたものの
「そんなもの無い」だけでした。
やっぱり、このお寺だけがおかしいんですよね?

と、信じたい。

371 :フルヴォリュームで名無しさん:03/04/26 18:19
つーか大谷派では初参式はしないです。
そういう意味合いのお参りをされる地域の話を聞いたこともありますが、
少なくとも私のいる地域においては稀ですね。

形式的云々の意見については、大谷派においてはこういう意味合いのお参りを
宗門レベルで取り込んでないから出る意見だと思います。
儀式や行為なんざ、その人の心づもり一つで形だけのものになるもんだと思います。

372 :前すれ229:03/04/26 19:21
>>370

大谷本廟では
>大谷本廟では、各種奉告参拝(結婚・出産等)の受付を行っております。
>詳しくは、お電話等にてお尋ねください。
http://www.hongwanji.or.jp/honbyou/index.htm
だってさ。でも誰に報告するんだ?
場所柄から考えると奉告する相手は墓の中の親鸞なのか?

373 :東大門:03/04/26 23:30
だってさ。でも誰に報告するんだ?
場所柄から考えると奉告する相手は墓の中の親鸞なのか?  
       ↑ ↑
       あほか


374 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/26 23:51
>371さん、>372さん
>370です。
いろいろありがとうございました。
私の中での謎が少し解け、何故あんな事を言われたか
分かったようにおもいます。

でも、一人一人の心掛けで・・なら、宗教なんていらないですね。
私自信が他宗なもので、こんな人が寺に嫁ぐ事からして、おかしな事ですよね。
私からすれば、お寺の人なのに、「死んだらそれまで」とか、
神はともかく仏の存在すら信じない
この宗派の教えなのか?と疑問です。

ここの家だけの教えかもしれないが・・・。

375 :前すれ229:03/04/27 00:03
>>373
>あほか
ああ、ごめんごめん、よく考えたら親鸞さんは浄土に居られる訳だから
墓には骨が埋まっているだけで誰もおらんわな(笑)
で、誰もおらん墓で何のために奉告すんの?

376 :前すれ229:03/04/27 00:30
>>374
浄土真宗は本来の用語を真宗独自の解釈で捻じ曲げて拡大解釈しています。
(というと大げさですが真宗内だけで通用する解釈があります)

例としてはスレパート1と2前半の「現世往生」など。
またお盆やお彼岸の供養は他宗派のように追善供養ではなく
報恩と言う理由付けになっています。だから先祖の墓にお参りするのは
何の意味もありません。無駄無駄無駄!と言うことらしいです。
当然死後全員往生しているので位牌は要りません。
(と言うことになっていますので真宗関係者の言うことが正しければ
彼岸やお盆に坊さんを呼んでご先祖さんに念仏やお経をあげて貰う必要は全くありません)

まあオラは眉に唾つけてっけどな。理由は色々あるけど位牌が要らないなら
厨子でいいはずだがなぜか仏壇なんだなこれが。

377 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/27 01:16
>>376
煽りではなく
自分とあなたとは世界の見方が全く違うのを承知で言いますが、
盆や彼岸は、なんだかんだいって報恩というよりは
先祖、自分のルーツというものにからめて
各々が生死について考えるきっかけになれば、と考えてます。

ただ、普段お寺に縁のない人と接する数少ない機会なのに
時間が無くてお参りマシーンになってるのが実情ですが、
寺によっては独自にプリント作って配布するなどの工夫はしてます。

378 :前すれ229:03/04/27 01:43
>>377
ん?おらは浄土真宗の檀家だが真宗の教義には「?」がいっぱい付いてるよ。
素直には信じてないんだけど・・・。
報恩なんてこじ付けですよ、どう考えても。
教義上の矛盾を埋めるためのつじつま合わせとしかオラは見ていないですよ。

(パート1に少しだけ書いたお世話になっていた先生は神仏と人霊と両方話が出来る
天耳通のある方だったからいろいろ教えてもらったが、確かに死後往生する人はいるが
往生しなかった人は追善供養が必要ですよ。
位牌も仏壇へのお供えもお水もお茶も要らないと真宗僧侶がいうのは往生した場合は
それでOKだけど追善供養が必要な場合はその言い付けを守ったせいで子孫の健康に
影響していた実例を見たよ。そういうオラも一ヶ月ほどご先祖さんが憑いて
神仏にお参りするたびにその時だけコンコン咳が出てオカシイと言うのを体験した。
まあこれはいくら文章で言っても体験しないとわからないし、知識だけじゃなく
実践できる先師に巡り合わないと教えてもらえないんだけどね。
スレ違いだから独り言のつもり。)

379 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/27 01:50
>>378
経験の違いを理屈で埋めることはできんしね。

残念ながら今の自分はあなたに届く言葉は持ってないし、
あなたの経験も、そうした体験のない自分にとっては
まさしく全く無関係の話となってしまうわけで。

俺はきっと、自分が感知できる範囲のことだけを
理解したつもりで死んでいくのでせう。

380 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/27 03:38
供養って言葉よく使われるけど
供養って何?
俺たちがやってるのは「供養のつもり」のような気がするんだが

381 :いちおう門徒 ◆6bGjbPadWs :03/04/27 18:05
遅レスだが、うちの娘は初参式と初詣り両方やったぞ(w
七五三は神社にするかも

382 :タケ:03/04/27 23:28
>>前すれ229さん
お帰りなさい.
あなたが帰ってくると,いろんな意味でスレが活気づくので待ってました(笑

とりあえずツッコミ
>彼岸やお盆に坊さんを呼んで「ご先祖さんに」念仏やお経をあげて貰う必要は全くありません
はい.全く必要ありません.
ついでに注目すべき所に「」を付けておきました.

>厨子でいいはずだがなぜか仏壇なんだなこれが。
「お内仏」って言う筈なのだが,それも知らないのか.
勿論その意味も知らないだろうな.

>浄土真宗の檀家だが真宗の教義には「?」がいっぱい付いてるよ。
っていうか,教義を知っていますか?

383 :タケ:03/04/28 00:08
>>374
宗教なんていらないのではなく,宗教無しでは居られないのが人間です.
そしてアニミズム(精霊信仰)以外の別な視点に立ち帰ったのが仏教だと思います.

アニミズムに仏教が取り入れられたものは,日本では受け入れやすいみたいで,
仏教の本質かどうかは解りませんけれど,多く信じられております.
しかし,私はそれは外道的な発想のように思えてなりません.
外道というのは悪い意味では無く,問題を私の外側に置く立場を取る事です.

仏道が内道というのは,自らの内に問題があると考えるからです.
これが仏道が難しいと言われるゆえんだと思います.

自分の考えの上に,仏教という思想を取り込もうとするからです.
それは,今までの自分と矛盾する点が多く出てくる筈です.
自分と矛盾することは受け入れられないのが人間です.
だから先ず,自分の考えを疑う事が重要に思います.
これから(立場上でも)信じるべきだろうなぁ・・・って事も疑う事が重要に思います.
疑っても疑いきれません,それが信心なのだと思います.

私が>>349で書いた事には,そういう意味があります.

384 :370:03/04/28 00:12
>382さん
私は、他宗の者でしたが、このお寺に嫁ぎ、やはり「?」が沢山あります。
納得できる部分もあるのですが、どうも私とは合わない・・・。
お坊さんなのに「人間死んだらそれまで」とか言う、
それなら、本当にお寺や宗教なんていらないですよね?
そのくせ「自分たちは坊主なので、死んだらお浄土に行く(帰るか?)」
そんな寝ぼけた事、私は許せない。
人の気持ちを滅茶苦茶にしても、
「善人も悪人もみな死んだら同じ所に行く」なんて不公平。
じゃあ、生きてる間に精々悪いことをしても許されるのですよね?

同和解放については賛成できるところもあるのですが、
生死については賛成できない。
なにせ、旦那の実家(寺)の人達は、仏の存在すら信じてないのですから。
このお寺だけなのか誰か教えて下さい。


385 :370=374=384:03/04/28 00:37
>383さん
あなたのおっしゃってること、よく理解できます。
そう言われると、まだいいのですが・・・・。

やっぱり、ここの家庭(お寺)だけのようですね。
このお寺は、(どこでもそうですが)長男が後継として代々伝わってます。
そしたら、嫌でも継がないといけないから、本当の宗教のあり方等
自分で学習することなくお坊さんになってしまう。
お坊さんとしての学習はできても、精神的な部分が欠けてしまう。
ようするに、頭でっかちで結局は何も理解出来てないんだろうなぁ、
だから、仏の存在も信じない、先祖に感謝しない、自分は坊主なので人間的に優れている
と思ってるような気がする。

この宗派のお坊さんはみんなこうなのか?と思ってしまう。
うちの旦那は「兄貴(このお寺の住職)と一緒にせんといて。」
とは言ってるが・・・。

386 :タケ:03/04/28 01:16
>>384
383に書いた内容ではいかがでしょうか.

たとえば勘違いされやすい表現というものもあります.
疑問を持ったならば,そこを追求する方が面白いのではないでしょうか.

人間が死んだらどうなるのかなんて,よく解りません.
本当に仏教が内道ならば,「亡くなった方がどうなるのか」というのは
ほとんど意味が無いと思います.
そういう意味では,「死んだらそれまで(=考えたって仕方が無い)」です.

「亡くなるということは,どういう事なのか」
「亡くなった方を,どう受け取るか」
私はそちらの方が重要に思います.どうでしょうか?

387 :タケ:03/04/28 01:27
補足
浄土というのは阿弥陀の世界.
亡き人を「諸仏」と受け取るならば,「浄土に帰る」という表現は適当に思われます.

388 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/28 01:49
生きるって事がハッキリしないんだから、死ぬってことはなおわからないよなぁ・・・

389 :前すれ229:03/04/28 02:09
>>382
タケさんに言ってもこれは仕方ないんだけど

往生が確定した=将来成仏することが確定している=「成仏したこととほぼ同じ」と言うのが普通の思考回路
ところが浄土真宗では「成仏したことと全く同じ」と拡大解釈している点では
法の華やライフスペースのdでも教義と一緒のレベル
少なくともシュダオン向(須陀恩向)は如来や阿羅漢とは違う、もし解脱していないのに
解脱したと言う僧侶がいたらそいつは許されない嘘で破門&追放だわな。

少なくともシュダオン以上の境地になっていても阿羅漢でなかったら
「仏(阿羅漢)と私は同じ境地です」なんていう訳ないよな。
本気で言っているとしたら聖者じゃなくって頭がおかしいキチガイ凡夫

390 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/28 02:56
>>389
解脱しているとか、していないの判断は誰にしてもらえばいいの?
嘘をついているかどうかは誰に判断してもらうの?
霊体験したとかいうことも自己判断じゃないの?


391 :前すれ229:03/04/28 11:15
>>390
浄土系の考え方では現世での成仏(輪廻からの解脱)はありえない。

ちなみに釈迦如来の言葉には「私を解脱させてください」と言う沙門に対して
「如来は他人を解脱させえない」と言うのがある。
だから少なくとも我々が生きている現世では他力による解脱はありえない。
(阿弥陀如来の居られる極楽浄土ではどうだか知らないが)

つーわけで
>解脱しているとか、していないの判断は誰にしてもらえばいいの?
>嘘をついているかどうかは誰に判断してもらうの?
そもそも現世で解脱しないから判断も何も必要ない。
浄土系宗派で「解脱した」とか「仏(阿羅漢)と私は同じ境地です」と言う僧侶がいたら
100%うそつき


392 :タケ:03/04/28 16:58
>>389,391
あなたが聞く耳持たない事は承知していたつもりでしたが,
まさか以前と同じ事を主張するとは・・・いやぁ,びっくりです.
言っても仕方が無いっていうのはお互い様だ.

とりあえず,
>往生が確定した=将来成仏することが確定している=「成仏したこととほぼ同じ」と言うのが普通の思考回路
>ところが浄土真宗では「成仏したことと全く同じ」と拡大解釈している点では
は書き間違いかな?


自分という存在は何か.
自ら「私は仏陀である」って言ってたら,それは確かにイッちゃっているかもね.
でも「解脱した」と言う僧侶が真宗にいるか?って言ったら,いないでしょ.

つまりは仏の解釈が違うわけですよ.
仏陀とは「目覚めた人」って意味だけど,我々凡夫にとって,どういう存在を仏陀と呼ぶだろうか.
いつぞや書き込んだ,釈尊は菩提樹の下で仏陀となったと考えるか,
それとも初転法輪の瞬間に仏陀であるとされたのか,の問題ですよ.
その辺からゆっくり考えていったら?
あくまでも,内道的な思考でね.

393 :タケ:03/04/28 17:21
ごめん.訂正

>>392
>往生が確定した=将来成仏することが確定している=「成仏したこととほぼ同じ」と言うのが普通の思考回路
>ところが浄土真宗では「成仏したことと全く同じ」と拡大解釈している点では
書き間違えとはちゃうね.

普通の思考回路かどうかは置いておいて・・・

394 :229ですが:03/04/28 21:07
タケさん
お互いの言葉の定義が違う部分があるからそもそも聞き入れるも何もないんだわ。

たとえば
>亡き人を「諸仏」と受け取るならば,「浄土に帰る」という表現は適当に思われます.
これって浄還のことでしょ?
http://www3.justnet.ne.jp/~tanahara/oki2001-9-3.html
でも明らかなように根拠のない拡大解釈ですよ。どう見ても。
(また、スレパート1の浄還問題のリンクも参照されたし。ある真宗の寺の僧侶が
浄還について本山に問い合わせたらたらいまわしにされている始末)

ちなみにタケさんが悪いんじゃなくって教団の教義(解釈)がおかしいんだわな。

395 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

396 :229ですが:03/04/28 21:15
自己レス
394の浄還問題のリンク
http://www009.upp.so-net.ne.jp/kobako/
の浄還資料を参照されたし

397 :229ですが:03/04/29 00:17
おっと訂正スマソ
誤(浄還)
正(還浄)です。

ちなみに366でリンク先の内容に
>伊勢神宮の大麻(お札)は罪穢を祓う神具であるが
とあるが「どういう使い方をしたら罪穢れが祓われるのですか?」と
絶対に裁判所で裁判官に聞かれるぞ。
仏教界の中だけで教義に関する見解の違いを討論するなら別にいいと思うけど
国を訴えてこんな一般人が見たら「はぁ?」といいそうな文書を裁判所に提出するんだろ?
浄土真宗はアホだと思われて恥ずかしいからこの文書裁判で使うのは辞めれ。
マジで!(その他にも指摘されそうな場所がイパーイアルヨ)

398 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/29 08:32
http://www.jinja.or.jp/faq/answer/05-07.html

399 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/29 09:51
>>391
>浄土系の考え方では現世での成仏(輪廻からの解脱)はありえない。
>そもそも現世で解脱しないから判断も何も必要ない。
成仏がありえるのは現世以外ということですか?
現世で認識されないということは、成仏が存在しない事と同じにならないでしょうか?
往生についても私たちに判断しきれないものですか?


400 :前すれ229:03/04/29 14:15
>>398
リンク張ってくれてありがとう。
>家の内が祓い清められ、拝むことによりその心は大御神の御許(みもと)に届き、
>広大無辺のご神徳を得ることができるのです。
「家の中が祓い清められる」とは書いてあるが「罪穢れが祓われる」とは書いてありませんね。
勝手に原文の一部を書き換えて裁判に使おうと思っているのかな?

>>399
ちょっと長いけど以下のリンクを読んでみてくだされ。かなり判りやすく書いてありやす。
http://www.urban.ne.jp/home/sugano/butu/21.html

>成仏がありえるのは現世以外ということですか?
他力の浄土系ではそういうことになります。自力の修行をするほかの仏教宗派では現世成仏は理論的には可能。
(ただし現代に実際どこに阿羅漢がいるかはオラシラネエヨ)
>>浄土の行道において、正定聚、不退転位に住することを、来世死後における浄土往生の利益として領解することは、『無量寿経』の
>>教説以来、浄土教理史においても一貫しているところであって、
と言う訳で浄土に生まれ変わってそこで成仏すると言うことに教義上ではなっています。

>往生についても私たちに判断しきれないものですか?
それは教団関係者に聞いてチョ。オラとは考え方が違うからね。
>>しかしながら、親鸞はこの現世において往生を語ったが、今生における成仏、涅槃を説くことはなかった。
という一般の在家の人には判ったような判らないような微妙な教えです。

401 :タケ:03/04/29 17:19
>>394
言葉の定義どころか,考えも違うしなぁ・・・
教団が悪いんじゃなくて,他人が解釈したものをそのまま使っているから,
説明ができないだけでしょ.

文章を解釈するんじゃなくて,「ああ,そういう事か」って解ったら,
言い方を変える場合だってある.
経文に書いてないから,それは拡大解釈だという判断をする前に,
なぜそういう表現をしたのだろうか,と考える必要がある.
どんな文章だって(経文すら)ケチを付けるのは簡単なんだから.

そうでないと,それを読んでいる意味も無いし.

402 :タケ:03/04/29 18:04
>>400
>その小さな祓串は大祓詞(おおはらえのことば:お祓いの祝詞(のりと))を唱え、
>罪・けがれを祓う霊力がある神聖な大麻(おおぬさ)にて祓い、
>祈祷を修めた祓串であったことから御祓大麻(おはらいおおぬさ)、俗にお祓いさんと言われました。
(398のリンク先より)

よく読んで下さいね.
きちんと「罪・けがれを祓う霊力がある」って書いてありますよ.

>>394であなたが貼ったリンク先も,あなたはきちんと読んだようには思えませんし・・・
自分の主張を通す為に,情報をねじ曲げていませんか?

403 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/29 18:24
http://www.jinja.or.jp/faq/answer/04-06.html

404 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/29 21:57
前スレ229は渡海並。

405 :前すれ229:03/04/29 22:14
>>401
タケさんは阿弥陀=諸仏と見ているんでしょ?
こういう見方が素直に出来ないんですけど・・・。
オラは浄土宗系高校出身なので仏教の授業もあったけどそういうことは
一度も聞いたことが無いです。
たぶん浄土真宗だけの考え方ではないのでしょうか?

それとお札はお払い棒(大幣)の名残で大麻の名前を使っているけど
姿かたちは現在は全く別物ですよ。どこかの神社で大幣の変わりに
長方形のお札を左右に振ってお払いしている神社ってありますか?

仏教だって数珠って元々はお経を何回数えたか判るようにする今で言う数取器でしょ?
木魚も食堂に僧侶を呼び集める魚の形をした木の板がなぜか今では読経の時にポクポク叩いている訳だし
大元の由来と現在の姿かたち用法が変わっているのは仏教でもありますが・・・。


406 :いちおう門徒 ◆6bGjbPadWs :03/04/29 22:36
>>405
天台宗では釈迦如来=諸仏だね。たしか。

407 :タケ:03/04/30 00:22
>>405

>>206を参照.
阿弥陀如来=諸仏という主張をした覚えは無い.

それと,結局はお札もお祓いが目的だと思うのだが.
そうではないのであれば,何の目的で用いているのか,お教え下さい.

408 :229ですが:03/04/30 00:57
>>407
あれ?12でQさんと対話しているところで
>何によって真実を見る事ができるのかというと,南無阿弥陀仏によると思うのです.
>だから,南無阿弥陀仏は諸仏だと考えています.
これは?オラの勘違いでつか?句読点で「.」使うのはタケさんだけのようですが???
勘違いだったらゴメンなさい。

それとお札にも種類がありますが神宮大麻や神仏の名前がかかれたお札の場合は
神魂分霊のヨリシロだと思ってますが、家に神棚を設けるのは神魂分霊の勧請
の意味で現代人はやっていると思いますけど(ミニ神社)
(もっとも退魔や封じのお札はお祓い目的でしょうけどね)
仏教でも仏像に開眼供養しますが浄土系宗派では入魂の意味合いは無いのですか?

409 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/30 02:03
>仏教だって数珠って元々はお経を何回数えたか判るようにする今で言う数取器でしょ?

違う。

410 :229ですが:03/04/30 02:21
>>409
「煩悩の数の説」ですか?でもそれって大乗仏教になってから
の後世のこじ付けでしょう?
上座部の僧侶って数珠持ってたかなあ?たしか托鉢の鉢と袈裟しか
所有物は無かったように思ったけどなあ?




とわざと釣られてみる。

411 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/30 03:44
>>405
上宮か東山か東海か芝か、まぁどうでもいいが(w

>木魚も食堂に僧侶を呼び集める魚の形をした木の板がなぜか今では読経の時にポクポク叩いている訳だし
木魚は居眠り防止。

>>409
経→念仏ならOKなのでは?

ときに上座部と浄土の比較をする気?
と聞いてみる。
本気ならまさに渡海並にデムパ。

412 :229ですが:03/04/30 08:46
>>411
さあ?409が違うと言っているわけだが数珠の由来には諸説あって
409はどの説を支持しているのか判らないからね。
ただし木ケン子経の説を取るとすれば迷信嫌いの浄土真宗には突込みどころ満載・・・。

409の解説キボンヌ

413 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/04/30 11:12
>迷信嫌いの浄土真宗

ワロタ

414 :タケ:03/04/30 13:46
>>413
激同(w

>>408
この人は,文章を読む能力が無いのかね.
わざわざ私の書き込みではなく,Qさんの書き込みを参照って書いたのに.
注目すべき所はここだよ.

>タケさんも言ってるけど、阿弥陀仏と南無阿弥陀仏の違いを考えてほしい。


ついでに.
開眼っていうのは,仏像が目開くような怖い(笑)事だと思ってますか?
と釣ってみるテスト.

415 :タケ:03/04/30 14:10
>>408
>それとお札にも種類がありますが神宮大麻や神仏の名前がかかれたお札の場合は
>神魂分霊のヨリシロだと思ってますが、家に神棚を設けるのは神魂分霊の勧請
>の意味で現代人はやっていると思いますけど(ミニ神社)

それでは>>398のリンク先の内容と一致しない.
大麻が象徴しているのは,やはり「罪・けがれを祓う」ことである.

416 :229ですが:03/04/30 14:30
いや〜ん、タケさんてば
オラは「阿弥陀=諸仏」と書いてしまったが
タケさんは「阿弥陀如来=諸仏という主張をした覚えは無い.」
とオラの書き込みに如来を付け足しているのはずるいワン。
巧妙な誘導尋問だわ(笑)

と釣り釣られは置いといて、まじめに聞きますが
「南無阿弥陀仏=諸仏」だと浄土真宗では考えているつーのが正解なのですか?

417 :タケ:03/04/30 14:32
>>416
あなたの場合には,そう考えると勘違いしそうなので,
そうは考えないで下さい.

418 :タケ:03/04/30 14:46
連続書き込みスマソ
追記

>南無阿弥陀仏=諸仏
というような表現は,議論相手がQさんだったから安心して行ったこと.
南無阿弥陀仏とは何か,阿弥陀仏と何が違うか,諸仏とは何か.
それぞれの定義が,私と229さんとでは違うでしょ.
勿論,仏の定義が違うんだから,同じわけがない.

419 :タケ:03/05/03 08:35
まさか,今日までレスがゼロとは思わなかった・・・

420 :いちおう門徒 ◆6bGjbPadWs :03/05/06 21:06
NBタンも最近見かけませんね

421 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/05/06 23:19
>>420
さっき帰ってきました。のぞみ号に乗ってました。
遅レス。つうか。放置になっててすいません。

またよろしゅう。です。今日は疲れすぎで、これにて失礼。

422 :タケ:03/05/08 20:55
まじめなレスをすると,229さんの書き込みが途切れる傾向があったが,
ここまで音信不通だと,消えたか?

423 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/09 00:06
もうすぐ爺さんの百箇日があるんだけど、「百箇日」って何ですか?
中陰ってのは、極楽行きか地獄行きかを七日毎に裁きを受ける、
って聞いたことあるんですが、百箇日の意味は聞いたことないので
どなたか詳しい方お教えください。

424 :いちおう門徒な一遍萌え ◆6bGjbPadWs :03/05/09 00:39
>>423
七七日、百箇日、一周忌、三回忌・・・とまあ
いろいろあるわけだけど。 (↓参照)
http://www.shiga-miidera.or.jp/doctrine/be/115.htm

個人的には極楽行きか地獄行きかあんま気にしないで
いいと思うんですけどね

425 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/09 20:50
>>424
リンクを見てきました。
リンク先に十三仏信仰が書かれていましたけど
十三仏信仰は、いつ、誰が、どのような根拠で始めたのか私は知りません。
もし知っておられましたら、教えてください。

426 ::03/05/09 21:25
>>425
百ヵ日までの十回、様々な仏の前で裁きを受けるということが説かれているのは
「十王経」です。「十王経」は中国で作られた経典です。
十三仏というのは初めて知りましたが、おそらく十王経信仰の副産物でしょう。

427 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/16 21:42
hoge

428 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

429 :a:03/05/16 23:22
ttp://www11.plala.or.jp/tsumayouji/index2.html


430 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/17 22:39
>>423のレスで
前スレの1に逆戻りしたわけだが。

431 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/18 03:14
南無
北無


432 :遅音院:03/05/18 10:05
>>浄土宗に伺います。
乗奴宗では元ホステス、坊主の妻、そして離婚と同時に得度。尼僧と称し
葬儀屋に坊主を斡旋を生業とする「三宝会」なる団体を語り、浄土宗の尼僧
として正式に承認しているのでしょうか ? 名前は「0島みどり」
浄土宗の尼僧は他宗より優れているのでは ?


433 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/18 23:29
age

434 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/19 11:29
>>432
お答えします。乗奴宗は男も女も乗るのが好きです。

435 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/19 13:33
>>432
いまいち質問の意図が理解しにくいのだが…

436 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/19 20:44
>>435
そんな人が乗奴宗の尼として認めるのでしょうか ?

437 :漏憎:03/05/21 20:33
age

438 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/05/27 08:42
>>436
意味不明

439 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/13 09:45
あげ

440 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/13 11:08
真宗と浄土宗はまったく別の宗派だと考えたほうがいいな。

441 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/13 17:13
>>440
念仏称えることは同じなんですが...

442 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/17 14:33
>>440
激しく同意!

念仏を唱えればどんな悪人も必ず救われるなどという教えのおかげで
悪事はバレナケレバし放題という風潮が広がっている。
万引き少年を警察に突き出した書店店主が非難され廃業に追い込まれるなど
み仏の教えを曲解して民衆に広めた罪は重い

443 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/18 06:26
初めて書き込みします。念仏を唱えればどんな悪人も救われる・・
これは色んな解釈がありますね。もちろん道徳心の範囲でしょうが・・

そこで、純粋な質問ですが、浄土系の僧侶さんはどんな道徳心みたいな
ものをお持ちなんでしょうか?
僧侶さんも一人の人間ですが、これはしてはいけないというのは
あるのでしょうか?

そして、よく滝あたりとか、禅みたいな修業は必要ないと聞きます。
でも、それを経験した親鸞さんや法然さんが言うのはわかります。
やった事もなく、何故それを言えるのか不思議です。
私はサラリーマンで家は浄土系ですが、どなたか教えてください。


444 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

445 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/18 17:01
>>442
上人の教えの曲解もいいとこ。
しかも屁理屈だし。

悪人にも救われる目が無くちゃ、
改心した後やり切れないと思うけどなぁ。

446 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

447 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

448 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/19 04:37
>>445
神戸バラバラ殺人のサカキバラが出所するが
おまえの家に引き取って面倒見てやれるのかよ。
偽善者め。

449 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/19 09:37
>>448
俺なりの浄土教だけど。

@仏教的な罪は懺悔してお念仏することによって
 消えるが、社会的な罪は社会的に償う必要がある。
A罪を犯し、死刑になったとしてもお念仏を唱えることによって
 極楽浄土へ往生することができる
B仏教的見地からすれば、全ての衆生は罪悪生死・地獄決定の
 凡夫である。


こんな感じでしょうか
刑罰や社会的な制裁を奨励するわけではないけど、
仏教的な罪と社会的な罪は分けて考える必要があると思う。
お念仏を唱えたからといって、社会的に許されるわけではないし、
極悪人だからといって、お念仏を唱えても往生できないということもない。

450 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/19 10:05
>>448
だからそれ駄論。
>>449サソが親切に説明してるからよく嫁。

A君はうちの地元に帰ってくるだろうがねw

451 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

452 :大証部長:03/06/19 14:24
午後から8万円台で買った人はおめでとう。
信用規制がかかっていてもデイトレできる値動きはさすがというか何というか・・・。
うんこ(FUJ)の値幅1万5千円もすごすぎるけど。

453 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/19 14:30
他のスレで聞いたけど答えがないのでココでお尋ねします。
女の人が本堂に入る時に左足からだっけ?線香を焚いてるツボの様な物を
跨いで入るけどアレ何?男の人はしないよ。女の股は不浄なモノでしょうか?
んー阿弥陀さんって女?わかんねー。

454 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

455 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/19 16:12
>>453
触香ですか。
身を清めるために焚くのですが、男もしますよ?

普通の時じゃなくて授戒みたいな大きな法要の時しか
焚きませんが、通常そうなのですか?

>んー阿弥陀さんって女?
仏様に性別はありませんよ。
あえて言うなら元・おとこ。

456 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

457 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/20 11:02
455さん御返事ありがとうございます!触香ってものなんですね。なーる。
が!ウチの寺は女限定です。だから?ってカンジなんですね。お正月に跨ぐ
んですがね。よく線香の煙を手でパタパタやって体に掛けるんなら話しは
分かるんですが。何だか性差別されてるとしか思えません。
 仏様に性別は無い!?しかも阿弥陀さんは元・男!?ど・どーゆー事なの
でしょう?悟りは性別を越えちゃうのでしょうか。


458 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/20 21:46
>>457
香の煙は体を清めるものだと古代インドでは言われていたそうです。
女性だけと言うのは、現代的には少し問題ですね。

>仏様に性別は無い
仏の境界(境地)は性差を超えたところにあるといったところでしょうか。

元・おことと言うのは、
「昔々ある国王が家を捨て国を捨て、阿弥陀仏になった」
とお経に書いてあることからです。

459 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/06/25 11:02
>>457です。またまた質問なのですが「地鎮祭」ってありますよね?
あれって神主さんとかがよくやってますが浄土宗のソレって何か
あるのですか?まったくの無知さんでごめんなさい。誰かおしえてくだされ。

460 :455:03/06/27 01:35
>>459
>「地鎮祭」
神社ではこう呼びますね。
ウチでは「地鎮式」または「起工式」と呼んでます。
やはり工事中の殉難横死の無いことを願って行います。
いじょ。

461 :山崎 渉:03/07/15 13:14

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

462 :なまえをいれてください:03/07/22 21:21
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。

463 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/07/31 21:52
すいません、仏教に関してはまったくの無知なのですが
ふと思いついたことがあるので質問させてください

四苦八苦は仏教用語らしいのですが
4*9+8*9=108=(仏教の煩悩の数)になるのですが偶然なんでしょうか?


464 :ぼるじょあ ◆yBEncckFOU :03/08/02 02:53
     ∧_∧  ∧_∧
ピュ.ー (  ・3・) (  ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
  = ◎――――――◎                      山崎渉&ぼるじょあ

465 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/08/02 13:02
>>463
それは偶然じゃない?
9の倍数はよく使われるからね。

466 :山崎 渉:03/08/15 18:15
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

467 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/09/22 19:02
>>463
説教ネタだと思う。108煩悩の説き方はいろいろあるみたい。


468 :sage:03/10/18 11:32
http://www.moripat.com/

469 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/21 20:40
保守sage(w

470 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/24 17:40
hage

471 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/27 09:56
仏教を勉強しているものですが。
浄土真宗のキリスト教的な考えに疑問をいだいています。
原始仏教では、縁起と因果律が重要ですが。
縁起的に世界をとらえるとするなら、絶対的な存在は否定されます。
しかし、浄土真宗では手を合わせれば救われるといっていますが。
仏教での救われるとはカルマの問題になります。
手をあわせて絶対的な存在がカルマを一瞬にして消し去ってくれると
いっているのでしょうか?
しかし、釈迦は絶対的な神のような存在を否定します。
カルマは自分だけの問題で他者は干渉できないと思うのですが。
また、大乗でも浄土真宗だけが、在家でも悟れるというようなものいい
をしているようですが、その点も聴きたいです。

472 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/27 12:04
浄土系はなんちゃって宗教だからそれでいいのです。
法の華とだいたいのところ同じようなものですから。

473 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/10/27 20:38
>>471
どんな仏教を勉強してるんだ?

474 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/06 18:08
宿業論と関係があるようなないような。浄土系では今人に生まれたのは
六道輪廻の結果、その世界を超越して悟りを開いて佛になれなかったから
と考えます。阿弥陀佛だけが念佛を唱えればかならず私の佛国土に迎え入れ
ようという願を立てて、願は成就し佛になったから、その約束というかなんというか
は有効であるというのが基本的な解釈論です。>>472の言うとおり。まぁ法の華が
どんな教えかは存じませんが。そして、その佛国土にて修行をつんで佛になれる
あくまでも可能性があるというだけのことです。まぁ輪廻を繰り返して修行して
佛になるか、それとも阿弥陀佛国土に行ってそこで修行して佛になるか。その
違いでしょう。れかりにくくてスマソ。

475 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/06 22:22
>>474
>あくまでも可能性があるというだけのことです。

浄土系では浄土(仏国土)へ行くと成仏しないものはない(必ず仏になれる)
ことから往生=成仏とらえられてるハズ(真宗だけだったかも)。
浄土はそれだけ完全な修行場らしいです。



476 :475:03/11/06 22:26
× 往生=成仏とらえられてる
○ 往生=成仏「と」とらえられてる

477 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/06 23:06
>>475
完全な修行場?

世界一修行がやさしい宗派ですよ?
天台や曹洞とはくらべものになりませんよ??

478 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/06 23:14
こんな廃墟スレで何やってんだ、お前ら。

479 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/07 00:13
>>475の「浄土」は浄土宗のことじゃなくて浄土それ自体を言ってるんだろ?
>>477は読解力を磨こう。
「修行がやさしい」とかって物言いは、あなたがあと3つくらい
歳をとると言わなくなるとおもうけどさ。
まあ、どうでもいいけど。

>>478
廃スレ利用。りさいくる。

480 : :03/11/07 00:50
言っちゃあ何だけど「信」が確立してない人には単なる気休めの教義だからね。
信徒もそこが理解できてないと死後浄土には行けないんだろうな。

481 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/07 11:53
まぁ安心(仏教読みであんじん)が無ければ、往生できないとされていますからね。
そこで安心派と起行派とわかれてくるわけなんですが。
念佛唱えてればわかるというか安心は自然と備わるっつーのが起行派か。

 その辺法然上人門下でもいろいろ展開してますけど、信を追求するのが
真宗って感じがしますね。

482 : :03/11/08 05:43
まあ、往生した人はそれで全く問題なしなんだけど、そこで「信」の確立してない
故人は位牌(取り付く島)がないから子孫について霊障が出るんだろうな。
お不動さんのスレだとはっきり「浄土真宗は霊障が多い気がする」なんて書かれちゃってるけど真宗の坊主は教義の建前
「死後必ず往生する」って言うのがあるから現実に霊障があっても肯定は出来ないからな。

門信徒も真宗の坊主に行っても相手にされないから
苦し紛れに怪しい宗教団体とか頼っちゃうんだろうな・・・。

483 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/08 06:47
霊障云々なんてのもなんちゃって仏教だろ。

484 : :03/11/08 14:24
>>483
神仏習合って知ってる?(明治以前はそれが普通だったんだけど・・・。)
極端に言えば神祇の祭祀を否定する浄土真宗のほうが当時ではなんちゃって仏教ですよ。

まあもうちょっと勉強してればそんなそんな考えは湧いてこないと思いますけど
各宗派の教義を大事にするのは当然だけど視野が狭すぎるのは若気の至りだよ。
479氏も書いてるだろ
>あなたがあと3つくらい歳をとると言わなくなるとおもうけどさ。
もうちょっと勉強してや。

485 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/08 16:33
まぁ勉強して書き込みするような板でもないってのもありますが。
学問板じゃないんだし。

486 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/08 18:33
真宗のお坊様に質問ですが、
門徒の方々にはきちんと、真宗の教義、考え方、つまり、
念仏は先祖を供養するものでなく、阿弥陀仏に感謝するものだとか、
霊魂や加持祈祷、まじないは否定してるとか、説明してるのでしょうか。
うちの親は真宗門徒なのですが、仏壇にご飯をあげるときは、
「じいさんにお供えする」という風に言うし、「お盆にはじいさんの
魂が帰って来てる」とかいうし、神棚も祭って祈祷札なんかも飾ったり
してます。
どうみても葬式法事先祖供養のためにお寺があると思ってるようですが、
お寺の方もそれに甘んじて、正しい教えの流布を怠ってるのではないですか。

487 : :03/11/08 20:51
>>485
おいおい、それじゃ「門徒もの知らず」を地で行ってるじゃないか。
江戸時代じゃないし明治政府の神仏分離令も歴史の教科書に載ってるだろう
学校の勉強も宗派の教えも両方共に勉強嫌いか?自慢にはならんぞよ。

486氏が心配するのも仕方ない罠。

488 :風雲子:03/11/09 00:10
>>486
お詳しいですね。真宗の勉強をされているのですか?
今や殆どの仏教が先祖供養の宗教に堕してしまったのは、江戸幕府の発布した寺社御法度に端を発しています。が、それに甘んじていてはいかんですよね。
正しい教えというのも、清沢満之・暁烏敏・安田理深・曽我量深・金子大栄そして蓮如上人まで異安心、差別者扱いする今の真宗の状況では、どれだけ正しいと言えるのか怪しいものです。

489 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/09 13:33
>471
>浄土真宗では手を合わせれば救われるといっていますが。

こんなこと言ってるの誰?

490 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/11/09 23:03
親鸞・顕如・・・・門徒はキチガイが多いな


491 :名も無き念仏僧:03/11/10 12:10
南無阿弥陀仏

492 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/03 12:30
>>489
>>471は親鸞会の釣りだってば

493 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/03 13:08
>>486>>488
昨今の真宗は何かと先祖供養などを否定しますが私としては甚だ疑問です。
父母の供養の否定は自らの罪悪深重の凡夫の自覚ゆえであり父母への感謝の否定
ではないと思います。むしろ原理主義的な教義による葬儀や法要の軽視が
蓮如上人さえも排除する状況を生み出していると思います。
なぜ父母への念仏はしないのか、まじないはいらないのか、
現代の現実至上の唯物主義に流された安易な否定の前に親鸞聖人がそういった意味を
よく考える必要があると思います。


494 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/04 00:46
>>486
>霊魂や加持祈祷、まじないは否定
後ろの二つの否定はわかるんだが、霊魂の否定はしてるの?
「浄土の往生」をうたっている以上、「何か」が往生することは間違いない。
唯物論的に死後往生を完全に否定してしまっては浄土門ではない。

個人的に死後も自己意識がそのまま存在するという都合のいい「霊魂」は
無いと思うが、そもそも誰もが認める「霊魂」観の定義が無い以上、
霊魂というモノの存在は否定も肯定もできない(というか議論できない)。
「往生する何か」のことを「霊魂」と言ってもいいわけだし。

唯物論者のように「死んだら無です」とはっきり言わない限りは、
(意味がどうであれ)「霊魂」の存在は否定できないと思うよ。

495 : :03/12/04 01:29
>>493
まあ一般的な視点で見たら強引なつじつま合わせだらけだからね。
位牌はいらないけどお墓がいるって言うのも変なんだよな。

位牌がいらない=死後必ず往生(極楽浄土に転生)するなら
墓も当然要らないはずなのに・・・。

496 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/04 16:56
日本や中国の習俗と結合した物に対して教義から説明しようと言う方が
無理があるんじゃない?
つじつまあわせなのはあたりまえ。

突込みどころだし、坊主の屁理屈は是非聞きたいw

497 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :03/12/04 20:18
>>494
>「霊魂」の存在は否定できないと思うよ。

 霊魂の存在には興味がない。真宗は心霊学ではないからね。
 「霊魂」の存在は否定できないというのは、創造力欠如の問題だ。

>お墓がいるって言うのも変なんだよな。

 真宗の墓は「無闇に掘り返すなよ。掘り返すとお前がビックリするぞ」という
警告のようなもんだ。
 倶会一処というのが、真宗の墓の基本だ。倶会一処とは、無縁仏の
共同墓地と思えばいい。
 死体というのは、基本的には用の終わったゴミなんだ。ゴミだから捨てるのに
便利なように焼くんだよ。これは平安時代の空也上人のアイデアだ。
 そうだからって、ところ構わず捨てられたら、何も知らずにそこを掘り返した
人がビックリする。そこで、決められたところ一箇所にまとめて捨てようという
のが、倶会一処だ。骨を本願寺に納めるというのも、出発は倶会一処の思想
だった筈だ。現代ではそれもおかしな話になっている。


498 : :03/12/05 01:07
>>497
>ゴミだから捨てるのに便利なように焼くんだよ。
ええ?真宗の多い北陸だと戦前までは土葬はかなり多いですよ。

渡海さんは真宗の僧じゃないですよね?
すごいこじつけですが誰がそんな事言っているんですか?

499 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/05 01:40
霊魂の存在を否定してしまうのこそ、創造力の欠如だと思うが。
神がこの世を創造され人間に永遠の命を与えられた事は周知のことだ。
永遠の命が霊魂であり、神の創造によるものだ。
だから霊魂の存在が創造力の臨在であり、それを否定することこそ創造力
を欠如させる事になるのだ。

500 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/05 09:50
相変わらずの毒電波ぶり(藁

漏れは渡海とは一緒に埋葬されたくないね。

501 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/05 16:52
>>498
渡海は僧ではない。
むしろ僧を目の敵にしている。

502 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :03/12/05 21:26
>>498
>真宗の多い北陸だと戦前までは土葬はかなり多いですよ。

 あ、そうなの?。土葬は東アジヤ全域に渡る伝統でしょう。
ジンギスカンもヤマトタケルも土葬だ。真宗が北陸に入ったのは戦国時代
だ。土葬は、空也上人のアイデアだから、真宗とは関係がない。北陸に土
葬が残っていても不思議ではない。

>誰がそんな事言っているんですか?
    <あれ?。それじゃぁ僕のオリジナル論かな?。>

503 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :03/12/05 21:27
>>499
>霊魂の存在を否定してしまうのこそ、創造力の欠如だと思うが。

 霊魂が無いということを知ってるということではない。霊魂があると言うこと
を知っているということでもない。霊魂があるか無いか、そんなことは知らな
い。
 年末になると朝日新聞は「今年一年で鬼籍に入った人」という記事を毎年
載せている。
 鬼籍に入るというのは、霊魂というものがあって、それが鬼籍という箱か何
かの中に収納されるという意味か?。生前社会で活躍されて亡くなった方と
いう意味だろう。
 念仏の信心を持って生涯を過ごされ、そして鬼籍に入ることを往生と言う。
これは霊魂の有無とは関係ないんだ。

>神がこの世を創造され人間に永遠の命を与えられた事は周知のことだ。
     <僕にはとても信じられない。>

>永遠の命が霊魂であり、神の創造によるものだ。
     <妄想じゃないのか?>

>だから霊魂の存在が創造力の臨在であり、

 随分と飛躍した議論だな。臨在などという意味不明の呪文語を交えないと、
格好がつかないのかい?

>それを否定することこそ創造力を欠如させる事になるのだ。
   <なんでもいいさ。あんたらとは発想が違うんだろう。>

504 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :03/12/05 21:30
>>501
>むしろ僧を目の敵にしている。     <普段から尊敬の声援を送ってるんだよ。>


505 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :03/12/05 21:50
>>500
>漏れは渡海とは一緒に埋葬されたくないね。

 うん。そういうこと言うヤツはたくさんいるんだ。でもな、
どんなにいいやつでも、どんなにいやなやつでも、みんな
平等に死ぬんだとよ。確かに小気味のいい話だ。
 小気味がいいというのは、寂聴さんがテレビのCMで
言ってた話だが、それ聞いて僕もなるほど小気味がよく
なったよ。
 おぬしも僕も、いずれは平等に死ぬんだってよ。あはは。


506 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/05 22:47
>>505
>おぬしも僕も、いずれは平等に死ぬんだってよ。あはは。
そんなのは当たり前。誰もが死亡率100%さ。
変な倶会一処を持ち出すので少なくともチミとは一緒に埋まりたくないといったまで。
極楽に行けば変な念仏も必要ないし。死体がゴミになることもなかろ。

>土葬は、空也上人のアイデアだから、真宗とは関係がない
>ヤマトタケルも土葬
?空也よりもタケルの方が先だろう。
大王や豪族って土葬だろ。一般大衆の話?


曖昧な根拠の発言には失笑はあっても、納得はないね。
読み物としてはまぁ暇つぶし程度?2ちゃんらしくてちょうど良い。

507 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/06 03:38
浄土系の坊さんならヨガできるかな?


508 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/06 03:57
■小泉とブッシュに殺された日本人(外交官2名)の死体映像。

http://a2.v9186a.c9186.g.vm.akamaistream.net/7/2/9186/v0001/reuters.download.akamai.com/9186/t_assets/20031130/JapanBodies1130_WM_BB_cba8a66e16d2ef20ba1b3ff1b166f6f60fdfe2f0.asf?WMCache=0&&s=reuters&c=reuters_television&cb=fr2

(アドレスは長いけど直リンクです。)
●見たらショック受ける人もいると思うけど、見てほしい。目に焼き付けてほしい。

ロイターのインターネットテレビ
http://www.reuters.com
が載せていたストーリミング映像が、どこかのキャッシュに残ったもののようです。

イラク復興だの、国際貢献だの、まやかしの言葉にだまされてなりません。
これは、ブッシュアメリカの、大義なき侵略戦争の尻拭いを、
日本国民にさせている小泉一味の凶行が招いた悲劇の結果です。
どうごまかそうとも、これ以上、アメリカの侵略戦争の片棒を担がせるために、
国民の血を流させてはなりません。

*真実を少しでも多くの日本人に伝えるために、あらゆる関係掲示板に
  転載をお願いします*


509 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/06 04:51
神主なら早起きだ!

510 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :03/12/07 17:41
>>506
>チミとは一緒に埋まりたくないといったまで。

 おアイニク様。いずれ貴方も「亡くなった方。過去の方」と呼ばれるようになる。
僕も同じように「亡くなった方。過去の方」と呼ばれるようになる」。「亡くなった方。
過去の方」と呼ばれる人々のグループに、嫌でも一緒になるんだよ。それが倶会一
処だよ。

>極楽に行けば変な念仏も必要ないし。死体がゴミになることもなかろ。

 極楽に行く前に、死体はゴミになるんだよ。極楽に行く前に、閻魔様に地獄に行
けと言われないよう、今の内から注意しておくといい(笑)。

>?空也よりもタケルの方が先だろう。

 そうだよ。古代日本は土葬の国だ。日本は千年かけて、徐々に火葬の
国に変わってきたんだ。そのきっかけを作ったのは空也上人だろう。北陸
は火葬文化の浸透に時間がかかったんだろう。
 戦後だが、僕は子供の頃、東北には土葬の地区があると聞いたよ。

>曖昧な根拠の発言には失笑はあっても、納得はないね。
                      <難しい話をしてる積もりはないけどね。>

>読み物としてはまぁ暇つぶし程度?2ちゃんらしくてちょうど良い。
                     <少しは目からウロコが落ちたかな?。>


511 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/08 18:25
>>510
浄土で一緒になるのはしょうがないとして、墓の下まで一緒なのは
嫌だ、と言ったまで。

>今の内から注意しておくといい(笑)。
先生!どういう注意をしたらいいですか?
座禅念仏を愚弄すると地獄逝きですか?

>戦後だが、僕は子供の頃、東北には土葬の地区があると聞いたよ。
つい20年ぐらいまでウチの側は土葬でしたが何か?
渡海暮らしって羨ましい。

><難しい話をしてる積もりはないけどね。>
><少しは目からウロコが落ちたかな?。>
いやだからさ、馬鹿げてるからさ、暇つぶしの読み物にしかならないって
言ってんだわ。相変わらずはぐらかして遊んでくれるねぇ。
最近このスレ元気ないしね。

512 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :03/12/08 20:03
>>511
>浄土で一緒になるのはしょうがない

 浄土で一緒?。
 とんでもない。針のむしろ地獄、火炎地獄でご一緒するかも知れないよ(笑)

>座禅念仏を愚弄すると地獄逝きですか?

 さてなぁ?。愚弄しなくても、おぬしに限っては灼熱地獄に行くかも知れ
んなぁ。
 こればっかりは、分からんなぁ。

>渡海暮らしって羨ましい。     <住めばどこでも都だよ>

>馬鹿げてるからさ、暇つぶしの読み物にしかならないって言ってんだわ。
     <相手のチノーに話のレベルを合わせるのに苦労してるんだよ。>

>遊んでくれるねぇ。    <知的障害者に対する社会奉仕みたいなもんだな>

>最近このスレ元気ないしね。             <忙しいんだろう。>

513 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/08 20:21
>>498
北陸は全国的にみると、戦前から火葬が卓越していた地域。
江戸・大坂などの都市部は別で、これは火葬が昔から多かったが、それ以外の
地方では真宗地帯=火葬が多いのは民俗学上の常識。

514 :513:03/12/08 20:26
で私も家は真宗の訳だが、教理は曖昧に知っている程度。
疑問なのは「一度も信心を抱いたことがないが、真宗門徒の家に生まれた
者は極楽往生する」は嘘かどうか。
常識的には、そんなはずはないと思うが、たとえば小さい子が死んだ場合は、
念仏ということも知らないわけだし、やはり他宗のいうように流転するので
しょうか。(自分の子が死んだわけではないのですが)

上の方は見ていないので既出ならすみません。

515 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/08 20:32
>>514
最低限、過去レスは読んでから書き込もう。
どこの板でも同じ。

516 :513:03/12/08 21:06
>>513
すみません、読みました。
読んでもよくわかりませんが。・・・

517 :513:03/12/08 21:07
あ、上の>>513 は >>515 の間違いです。

518 : :03/12/08 23:49
>>515
無茶言うたらいかんわ。
513氏が尋ねている
>たとえば小さい子が死んだ場合は(以下略
の件は過去レスに該当類似項目がないから判らんのは当然だ。

真正面から答えないところを見ると真宗の教義ではこじつけの屁理屈も出ないのか?

519 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/10 09:37
>知的障害者に対する社会奉仕
意味不明。
これだから池沼は…

520 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/11 02:17
質問ですが、浄土宗西山深草派の寺は、寺のホームページなどを見ますと
不動明王や愛染明王、蔵王権現までも祀ってあるお寺などが結構あって、
普通の浄土宗や西山浄土宗等と比べると密教色が強いような気がするのですが、
なぜにそうなっているのでしょうか?どなたか教えてください。

521 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/11 09:10
>>520
気のせいじゃない?
西山系の寺は(無印)浄土宗とは大分違うからね。
元々證空自身が台密系な人だし、そんなに拘ってないんだと思うよ。
大日如来や、薬師如来が本尊の寺だってあるくらいだから。
しかし、正確な宗派名をよく知っていますな。

522 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/12 08:53
>>521
なるほど。西山系自体と無印浄土宗とがかなり違うのですね。
有難うございます。

523 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/12 09:02
真宗のホームページみると左翼臭がぷんぷんする。


524 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/12 11:29
■■選挙法違反? 女性信者のセックスで票集め???■■

某学会は、女性信者が票めのノルマ達成のために
セックスサービスを行っているという噂があります。
婦人部で「扇風機フェラチオ」「アナルドリル」の
指導があるそうです。
詳細は2chの「創価の女とやった奴いるか?」スレ
を見よ。
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/hneta/1067937465/l50

525 : :03/12/13 01:32
>>523
そりゃ同和の水平社の元だもん。
できたときは社会的な意義があたっと思うが今じゃ利権の温床だもんね。

京都市内の小中学校を出たんだけどワシの行っていた所は同和教育はなかった。
ところが同和地区があった学区では同和を教える。教育が同和問題を作っていますよ。
(だから同和のない地区では子供は部落という差別があることを知らない。
わざわざ差別を同和地区では子供に教えている。
はっきり行って現代では部落開放活動社会は差別を作るために活動しています。これほんと)

526 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/13 02:04
マルチポストにマジレスすんな。

527 : :03/12/13 02:55
マジじゃないレスの手本キボンヌ

528 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/13 03:09
まあ、宗派全体からすると変なやつだらけだ

ttp://www.hongwanji.or.jp/

>>>◇首相の靖国神社参拝発言に対する抗議

12/9
>>> ●自衛隊のイラク派遣の即時中止を求める要請文
>>>(閣議決定後小泉総理宛に送付) new
12/9
>>> ●自衛隊のイラク派遣基本計画の即時撤回を求める要請文
>>>(閣議決定前に小泉総理宛に送付) new
12/5
>>> ●人権パネル展開催中 (1月16日まで) new



●「清め塩」に対する仏教関係者の意見
ttp://jinja.jp/jikyoku/kiyomesio/kiyome2.html

しかし、たまにはまともな人もいる。
>
>浄土真宗高田派A寺副住職
>
>僧侶は使いませんが、檀家にそういうこと(使うなとか迷信だとか)
>は言っていない。浄土真宗各派すべてが「清め塩」「小刀」を排撃
>しているととられると心外だ。


529 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/13 15:28
層化にかかればすべてが無力
犬作の魔力はすべてを超越する

530 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/12/13 22:40
>>527
釣りには放置が最適です。

531 :タケ:04/01/30 18:21
まだ,このスレ消えて無かったんですねぇ・・・

532 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/04 01:21
香偈の頭に八下入れますが、なぜ「8回」なのでしょうか?
「8」の意味を知りたいです。

533 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/05 00:30
坊主もピンからキリまで。

534 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/05 07:08
>>532
「道場に諸天善神を勧請することを意味」するそうだ。
二下が「権実定慧」三下が「三身三得」を表すとされることに
比べると、分かりにくいかも。

535 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/20 23:25
若葉マークのですが、賀古の教信沙彌に引かれますが、詳しいことが解りません。
どなたか、〔改邪鈔〕以外の文献・情報が有りましたら、お教え下さい。

536 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/21 00:43
>>535
日本思想大系の『往生伝 法華験記』はどうです。それらから引用された文献
についても書いてありますが。
というか『改邪鈔』を読んでらっしゃる方がご存知でないというのもおかしな
話ですが。

537 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/21 20:02
ウチと縁のある真宗某少数派のご住職なんかは
位牌もOK、先祖供養だろうがなんだろうが、仏を拝むことが
大事で、教義云々は二の次だって言ってる。
イデオローグな西・東より、このようなテキトーな姿勢の方が
信用置けるような気がするのだが、おまえらどうですか?

538 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/21 20:12
家は真宗ですが、なんでも親父が言うには、親鸞さんは天皇陛下から、なんた
らお大師さんと言うえらい戒名もろうたんで、日本じゃ天皇さんが一番偉いと
仏壇の上に明治〜平成までの天皇陛下の写真が飾られ、なんでも京都の本山で
も、なんたらお大師さんが一番上に飾られとる。と、物知り顔で言うのですが
本当なんでしょうか?勿論床の間には天照大神も掛けて朝晩拝めと言うけれど
やっぱり天皇さんが一番有り難いんでしょうか?何か変です。

539 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/21 22:40
>>537
真宗に限らず、原理主義には大衆はついていけませんからねえ。
>>538
見真大師ですか。当時(中世)の理屈でいえば天皇=国土の主宰者の子孫で
すから崇敬すべき存在という事になりますが・・・今あなたがどうなさるかは
ご勝手にどうぞ(主宰者とは天照大神のこと)。

540 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/21 22:43
(老婆心ながら、いちいち疑問を抱いて反発するよりもある程度妥協して習慣化
した方が家庭平和のためです。損する訳じゃなし。)

541 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/22 11:23
この国では天皇陛下が、一番有り難いのです。
家の父も警察官でしたが、退職後、こないだ勲章頂いてはしゃいでましたら、お寺さんからも勲章頂いてご本山から表彰ですと、何やら頂いた。
聖徳太子も皇族ですし、菊の御門は何処の寺・神社も大切にしてますので、天皇陛下が有り難いはず?ですよね。

542 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/22 18:44
そうです、そうです。
本願寺にも勅使門が有り下々の者は、そこから上がることは許されません。
それに、本願寺のトップは陛下と血が近い・・・
血脈相続で陛下を崇めさせるまで、随分苦労したのだ。
DQNを教育するのに何と時間の掛かることか・・・
トップ大切にしなさい!崇めなさい!!
どれほど、神国大和の先霊方々が喜ばれることか、千鳥ヵ淵墓地も国立の立派な英霊を讃える、場所にしましょう。
靖国と二カ所の鎮魂感謝の場が出来ますので、運動協力感謝致します。

543 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/22 18:49
>>537
高田派は位牌や位号を用いたような記憶がありますが。
本願寺の方式=真宗の教義ではないですからね。

544 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/03/30 21:30
母が百万の仏壇装飾具を買いました。
ローンで。そのローンの支払いが出来ずお金を貸してくれと言ってきました。
母が言うには浄土宗の正しい祭り方をするためだとか。
そのためなら100万は安いものだとか言っています。
お金のない人はあの世でも不幸になるのか。
今までお経を唱えていたのは間違っていたのか。
などといって怒りましたが、なんで私のことにそんなに干渉するのと言い出す始末。
浄土宗の中では最高に権威あるところだから間違いないなどといっています。
はっきり言わせて貰えば宗教は全て嫌いです。
でも、自分の出来る範囲内で信仰をすることをとがめる気はありません。
ただ、払いきれないローンを組み、祖母を見る資金すら準備できなくなってまで
お金を掛けないと正しい信仰はできないと浄土宗は教えているのでしょうか。
現世よりあの世での位を高めるためにお金で解決する宗教な気がしてなりません。
ここの住人の意見を聞かせてください。

545 :名無しさん@京都板じゃないよ:04/04/01 23:14
>>544
ここはもう廃墟だから、↓できいたほうがいいですよ。

素朴な疑問・質問にやさしい人が答えてくれるスレ六
http://travel.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1075121478/


546 :544:04/04/10 20:07
ありがとうございます。
そうしてみます。

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